こんにちは
人は、自らが見きわめをすることに不案内なときに、何を信ずることにするのでしょうね。
何を信じたら良いのかがわからないときには、どうすればよいのでしょうね。
物事には、「浅い判断」と「深い判断」というものがあるのかもしれなくて、それは正反対の見きわめや結論にいたることもあるのかもしれません。
「人生が懸かっているから」という言葉を、よく耳にいたします。
それは、「落ちて行きたくはないから」ということと、「上がって行きたいから」の二通りの意味合いがあるとして、「上がって行くためには、どん底に落ちてしまうことも覚悟しなければならないよ」なのだとしたら、どうすればよいのでしょうね。
あるいは、「どん底に落ちたくはないから、上がって行くことはあきらめる」のでしょうか。
多分、「人間の一般的な考えや意識」の範囲の中で物事を思慮詮索したとしても、多くの重要なテーマにおいては、普通では正解を出すことはむずかしいのかもしれません。
出てきたのだとしても、それが「正解」であるのかどうかを見きわめることは、不可能であるのかもしれません。
「それならば、この先はどうして行けばよいの?」という話なら、色々とあるのかもしれませんよね。
それではまた。

