こんにちは

 

じゃんけんをすると、たいがいは1勝1敗・10勝10敗の確率になるのだと思います。

 

じゃんけんの結果というものが、根拠や本質を伴わない単に展開のアヤでしかないのだとしたら、確かにそれは「やってみなければわからない」、良いときもあれば、悪いときもあることになります。

 

人生も、「展開のアヤ」「立ち回り」「世渡りの運・不運」「出会い」のような偶発的な要素で大半が動いて決っていくという感覚があるのだと思います。

 

つまり、経過や結果を左右する要素の大半は、「じゃんけんと同じ偶発的なもの」という考え方と、人生の大半は「自らの本質で決って行く不動のもの」という正反対の考え方があるのかもしれません。

 

数日前に書いた「逆玉」や「出世」の話に私が乗らなかった理由は、それが単に展開のアヤでしかないと考えたからであるのだと思います。

 

私のまわりにも、長い間「幸運」を望み期待して生きている方がたくさんいるような気がするのですが、本当にそうなっていった方は、今のところはいらっしゃらないようにも思います。

 

「自らの本質」は、なかなかむずかしいのかもしれませんが、そうしないとそうなっては行かないということなのかもしれませんね。

 

 

 

それではまた。