こんにちは

 

「付け焼刃」という言葉は、基礎や土台の確実性が伴わないことで、何事もその場しのぎでは、得たい結果が得られるわけがない・・・というたとえによく使われます。

 

しかしそれは、そこに「基礎や土台」というものが存在していて、それが不可欠であるという認識が、元々あるのかどうかということもいえるのかもしれません。

 

人間は結局は、「総合力」のようなもので、大方が決って行くのだな、付け焼刃が通用する要素は無いのだな、と思うことがよくあります。

 

問題は、それは誰でもどこでも、普通は「誰も教えてはくれない」「誰も施してはくれない」というところにあるのかもしれません。

 

そうなると「気づく」くらいしか、自身の啓発のような機会はないのかもしれません。

 

もっともそれは、手遅れということはないのかもしれなくて、そこからスタートすることでも、しないよりは、結果はずっと良いものになって行くのかもしれませんね。

 

 

 

それではまた。