こんにちは
○いる ×いない ○有る ×無い
真実は二つの内のどちらかひとつであるのだとしたら、(本当は有っても)見たことがないもの、見えないものは、(有るという確証がなければ)それは「無い」ということになるのでしょうか?
真っ暗な室内でサイコロを振って床に投げて、「2」という目が出ているという真実があったとしても、そこに光を当てるまでは、人は「真実がわからない」。
量子力学に関連して、昨日もこの類のネット上の記事を読んでおりました。
人の心の中における「理解」というものは、真実として「有る」ことであっても「無い」になる場合もあれば、その反対もあるのかもしれません。
人間が内面で葛藤するものに、「予期不安」というものがあって、人の心に大きな苦しみを起こす可能性があるという説があります。
「真実に沿い、それに気づく意識、それを見抜こうとする意識」は、人生にとって大切なことであるのかもしれませんね。
それではまた。

