こんにちは
人間が行う判断や決断というものは、それが最良であったり最上であったのか否かについて、後々結果が明らかに出る場合もあれば、そうでもない場合もあります。
判断や決断というものは、それが幸福や禍根の何れかに向かうのかどうかという点で、それだけ難しくて
重たいのだと思います。
今回の政争において、これから日本が向かう将来の結果もそうなのだろうし、自分の人生においてもそれは同じ事が言えるのでしょう。
それが外国との紛争の抑止になり得るのか、あるいはその反対なのかも含めて、それは将来に結果が出て来る事になるのかもしれません。
私は20代の頃に、勤めていた500人ほどの会社の労働組合で、その組織を統率した経験があります。
賃上げや労働条件の向上を図って、時にはストライキも何度か図った事がありました。
ストライキというものは、働く人々が仕事をする事を拒む行為で、労使双方にダメージが生じます。
一歩間違えて下手をすれば、自分たちの会社が倒産してしまう危険性さえあるのです。
労使の不仲で受注先からの信用を失い、あるいは製品の納入が遅れて、その後の取引をキャンセルされる可能性もあり得ました。
このような争議の時には、その組織を導くリーダーの判断・決断は、大変重くて難しいのです。
幸い私がその位置に在籍していた時期においては、大過なく務める事ができる事はできました。
今のこの国の政治の状態を観ていると、リーダーや組織や相手方や、以前の様々な事を回想致します。
そしてその当事者たちを観ていると、様々な意味で「これで通るのだな」という思いが致します。
私の統率した組織は、たった500人ほどの数でしたが、そのギリギリの所を見極めて行くという意味で、「究極の状況を経ないと通らない」厳しさがありました。
人々を導くという事は、それが真にどういう事なのか・・・まさにそれは「極めて究極的な事」なのでしょうね。
それではまた。
