こんにちは


道路を車で走っていると、人間はいつも無意識に「最速」で「最短」で「最良」を得ようとしている事がよくわかります。

しかし一方で、「追従行動」を採ろうとする心理が存在する事も解っているようです。


人には倣う(ならう)のだけれど、自分(だけ)は「得」をしたい・・・のでしょう。


確かに、分かっていてロスをするのは「愚で損」なのだろうし、人と違う事をして「大切なものを失う」事も避けたいのでしょう。


あるいは「みんながそうするのだから、遅れてはいられない」のだけれど、「自分には最良の事が起きてほしい」もあるのだろうし。


でもそれは、人間の心の「利己的・独善的な感覚」だけなのでもなくて、人類としての「普遍的なDNA」であるのかもしれません。


つまり人間というものは、元々「そういう意識で成り立っている」ものであるのかもしれない。


それだからこそ、「精神論」というものが存在するのだろうし、戒めや博愛という意識の中に、心の救いのようなものを求めて行くのでしょう。


そこで自分は、この世をどう生きるのか・・・にこだわる必要性が出て来る事になります。


「自分はこう生きよう」という「自分の生き方の意識」を持つ事が、すごく重要であるのだと思います。


せっかく授かった生命と人生なのだから、「なんとなく生きる」わけにはいきませんよね。




それではまた。