こんにちは


TVを観ていると、芸能人や有名人の「お宅拝見」のようなシーンを割りに多く目に致します。

広いリビングに、豪華な家具や電気製品が有って、さすがだな、とも思います。


立場上、来客やロケなどを意識もするのだろうし、それはある意味では、「みえ」もあるのかもしれないし、商売上欠かせない部分なのかもしれません。


人生が「大当たり」した人は、こうなのかな、などとは思うのです。


で今、自分もそうなりたいのかと思えば、それはそうでもないのです。

なぜなのでしょうね?

思い返せば、20代くらいまでは、友人や知人の中にも、家業の跡継ぎなどでリッチな人がそこそこいて、一介のサラリーマンである自分としては、そうはなれないのかな、でもなれたらよいのかもな、などと考えたことが普通にあったような気が致します。

たとえばサラリーマンの時、上司の乗る「高級車」の運転を「しなさい」と言われてそれで走ってみた時に、生きているからには、いつか自分もこういう思いをしないとな・・・と強く思う事がありました。


そして起業後、幸いにして自分もその「憧れの高級車」を購入できて、何台か乗り継ぎもしてみて、確かにその時に「満足」はしたのだろうけれど、やがてそういう事と「真の本当の幸せ」とは「別のもの」なのだろうな、という事に気づきはじめたような気がしたのです。

多分それは、起業した後に、サラリーマンとは少し別世界の「小当たり」のような人生も、ある期間経験してみたから、なのかもしれません。


物や金は、無くて不便に思うよりは、有るにこした事はない。

で多くの人々は、人生に起きる大半の事は「金」で解決できるように思うのでしょう。

でもそれは、「金にかかわる事」の解決であって、「心」の中の本質的な要素は「自由と充実」なのだと思うのです。

例えば「自由と充実」が満たされない原因が「金」にあると思ってしまうと、それはきっと「誤解」なのでしょう。
その意味で人間は、「金だけ」を追っている人生では、まだ「未成熟」なのかもしれません。


「前を向いて大きく生きる」事と、「頭を使ってよく考えて生きる」事が、「自由と充実」を実現させて行くためには、欠かせない生き方の要素なのかもしれませんね。



それではまた。