こんにちは


私は、ネットの無い時代と、まさしく今現在を生きているので、どちらにも様々な思いがあります。


その今現在の方も、情報ツールとしてのPCは多く使ったり観たりするので、それなりの現実や情報はとらえてはいるのだと思います。


で思うことは、人間の中の多くの真理や真実は、「ネットにも書いてない」ということなのです。


確かにネットは便利だし、SNSや○Chなどをはじめ、無数に存在するサイトやコンテンツを観ていると、30年前には知る由もなかった無尽蔵な情報であふれております。


だから今の時代は、ネットさえ観ていれば、生きるには不自由しない・・・くらいに思えてしまうほどの「流れ」があるのだと思えてしまうのです。


つまり「人間の心が、ネットで育まれるようになる価値の感覚」というものなのでしょうね。

代表的なものを上げれば、「口コミ」のようなものとかでも。


それが悪いというものでもなくて、その存在自体はよいとして、問題はそれを「自分はどうとらえるのか」なのだと思います。


人間の思考や感覚というものは、本来は「自ら」会得し、判断や方向を決めて行くものなのだと思います。

所が、例えばネットにおける「価値の評価」が他人によって行われるという事は、確かに「自らのリスク」は軽減できますが、そこで終わってしまう・・・かもしれない。


自らを思い返せば、ネットの無い時代は、すべて「自分のリスクと責任」で人生を生きておりました。

そして多くのデメリットや苦難もあったような気が致します。

だから人生を「よく考えて」生きていたのだと思います。


今の時代は、つまり誰もが何でも「良い所取り」を図ろうとするのでしょうね。

物事をあまり深く考えないで、自らにとっての「メリット」だけを探して追い求めて生きる文化・社会なのでしょう。


大した努力や思慮や研鑽もしないで。


しかし残念ながら、そこには「真理や真実」は多分存在し得ないから、あまり中身の伴わない生涯を終わる・・・のかもしれない。


できるならば、そうでは無い方が、むしろ人生は「幸せ」なのかもしれませんね。




それではまた。