こんにちは
今日2編目の記事です。
最近、知り合いや、知り合いの知り合いの様々な話を聞く事があります。
特に人生が詰んで行ってしまうような、深刻な話とか。
人間には「器」とか「分」いうものがあるのでしょうね。(分相応や分不相応など、身分の分)
その「器」とか「分」というものと、その結果というものは、恐ろしいほど正直であるのでしょう。
私がサラリーマンだった頃、私の上司のA部長が「取引先の社長やオーナーなんて、ボンクラばかりだよ」と蔑んで言っていた事がありました。
それから何十年かが経った今、私はそのA部長の言葉は、やはり正しくないのだろうな・・・と思うのです。
この今の社会では、ボンクラが「まぐれ」で事業を成功させ、それをずっと続けられるほど、世間は甘くも易しくもないのです。
つまりA部長は、そのボンクラ呼ばわりした経営者たちの「器」や「分」や「努力」を見抜けなかっただけなのです。
今、社会の格差で、浮かび上がれない人たちがすごく増えているのだと思います。
でもその中でも、ある割合の人たちは、何とか浮かび上がって行けるような気もするのです。
人間とは、人生とは、本来は何なのか・・・その原点に帰って、基礎からよくよく重々考えてみるのが良いのだと思います。
人生が詰むか詰まないかは、実はどこまで行っても、結局は「自分次第」・・・なのでしょうけれどね。
今日の画像
仲良くやりましょう・・・仲良く
ほっといて下さい、自分の問題ですから
あの子ですよ、ほら・・・あのガラケーの運転手
それではまた


