こんにちは
ここの所、F君と話が弾みました。
彼は今39才で、彼が以前いた商社時代の時に知り合って、私の今後の事業展開の要になって頂く予定の人です。
今までのこと、今のこと、今後のことを2時間ほど話し合いました。
彼は今は自動車販売会社のセールスマンなのですが、元々は工業高校出身の技術者でかなりのイケメンなのですが、妻子がおります。
今回は、将来の事に話が及びました。
私・事業拡大で、地元の事業所の責任者になって頂く案と、首都圏ビジネスの責任者の案が有るよ。
F君・面白そうなのは首都圏ビジネスなのですが、自分は地元定着が落ち着くのだと思います。
私・一つの事業所の総責任者・所長になることの覚悟のようなものはできているのかい?
F君・自分で勤まるのかどうかの、確かな根拠のある自信までは今はないけれど、全力で頑張ります。
私・地位が人を創る・・・という言葉も有るし、つまり自覚しだいなのだと思うよ。
私は自分より下の地位にいる人についても、それについて差別はまったく致しません。
社会的な地位と人間の「位(くらい)」は別物ですしね。
私は20代の若造の頃、何周りも目上年上の方たちのおかげで生きていた事があります。
今思うと、自分はすごく未熟だったのですが、それによって致命的なトラブルにまで至らなかったのは、つまりその方々のおかげだったのです。
自分がそういう時代をなんとか生きて来たから、自分が今目上年上になっても威張らないのです。
F君もまたこれに人生を懸けて来るし、私もその機会・チャンスを与えて上げられる立場になれた事について、それはつまり「私は人々のおかげ」で今日があるのだと考えております。
彼は私と話している時、時々言葉に詰まったり目を真っ赤にする事がよくあります。
それは今、彼はそれだけ厳しい人生を生きているからなのでしょう。
その辛さや苦しさを、これからのエネルギーにして行ってもらいたいと考えます。
人生の本当の厳しさは、実はもっともっと深くて難しいものなのだけれど、それは知らなくても良いし。
ただ人生は、そこまで行って折り返して来る所からが本物なのでしょうけれどね。
それではまた。