こんにちは


心ならずも、ここの所ここの記事の更新が1日おきのペースになってしまっておりました。

出張や体調のこともあってなのですが。


昨日は高速が雪で通行止めになっていた事から、バスも運休で夜の新幹線で地元に帰って参りました。

今日は午前から大学病院の定期受診でした。


私は、両親があまり長生きではなかったこともあって、ある年令あたりから「悔いの無い人生」を生きるようにと思うようになりました。


よく人生は「生きた長さ」だけでもなく、「生きた質が重要」なのだといわれます。

私も確かにそう思うので、起業以後は自分の生きたいように生きて来たように思います。


で今までのところ、その「生きる指向」で良かったのだろうな・・・と思う事は多々有ります。

「今を何のために生きるのか?」と問われれば、それは「充実・充実感」なのだと思います。


今までの受診で医学的に課題となって来ていることはそれなりに克服して来ているのですが、今日またいくつかの課題が課せられました。


医学は「死なない」ということについて最善を尽くしてくれようとするし、それはそれでありがたい事なのですが、やはり人間の「生きる途」の「内容」もすごく大事なのだと思います。


なぜなら「生命」は必ず「死」に至るし、それはまさしく「早いか遅いか」だけなのだとすれば、それはその「生きる時間」がただ長ければ良いというものでもありませんしね。


私は「人間として」はまだよく分からないのですが、「男として」は「充実した人生」を生きて来られたのだと思います。


次の・・・来世がまたやって来るのだとすれば、それがかなうのだとすれば、また今世のままの「自分」で生まれて来たいと思います。

他の人とそういう話をすると、あまりそういう人(今世のままで良い)はいないような気もするのですが、私はこれで十分です。


人間にとって最も大切なことは、「どう生まれて来たのか」・・・という事以上に、「どう生きたか」なのだと思います。


また「どう生まれてきたのか」、という先天的な要素のせいにする人が多いような気もするのですが、それならなおさら、「そこをどう生きたのか」で自分を試せばよいのだと思います。


それでは、また。