こんにちは


昨夜深夜に1度更新したので、今日は2編目です。


今日はあちらこちらに買掛の支払いや、なんやかんや1日車に乗っていて終わってしまいました。

金融機関の窓口の女性に「お休みは?」と尋ねられたので、会社は今日までですと。

が私は、1/1と8/13の2日間しか年間の休みとしては決めていなくて、あとは起きられなくなった日(倒れた日)だけ臨時休業だから、それ以外の日はずっと動いていますよ・・・などと話したら笑っておりました。


この1年、瞬く間でした。

相変わらず自分と葛藤しながら・・・でも楽しい人生なのだと思います。

なぜなら「退屈しない」から。


いわゆるストイックのような生き方に「がんじがらめ」になっているのかと思われがちですが、そうばかりでもなくて、楽しい事もそこそこ有るのですよ。

詳しくは書きませんがw。


というか、世間の皆さんは何を楽しみや生きがいにされて生きているのかをあまりよくは知らないのです。

朝が来たから起床して、昼間は仕事や勉強やバイトをして、夜が来たから寝るのが人生ではないしね。


私は少年の頃から「○○のために生きる」という対象がいつも有ったので、人生に退屈することは無かったのですが、それは今でも変わりません。


人生は懸命になった分しか本当の幸せを味合えないのだと思います。


そこはすごく「等号式」なのです。


懸命になって生きているつもりでも、その幸せが中々味合えないと思うのであれば、それはまだ「懸命さ」が足りないのでしょう。


24時間のうち、8時間を寝たり食べたりしているのであれば、残りは16時間も有ります。

その16時間をどう生きたのかの「懸命さ」なのでしょうね。


16時間の内、8時間働いて残りの8時間にボランティアや勉強をするのも良いのかもしれません。

つまり「懸命さ」なのです、人生は。


懸命に生きることはけっこう楽しいものだし、またそこから生まれて来る「幸せ感」も良いものなのです。


ざざっと1年・・・また来年もきっとそもまま生きているのだと思います。


それではまた。