こんにちは
私の母は以前に割りに若くして他界しているのだけれど、叔母・・・亡き母の実姉は存命なのです。
その叔母さんに過去にたびたび「あなたは修行僧のようだね」と言われた事があります。
いや本当の修行僧には失礼なくらいに私は俗世界の人間なのですが、他にも同じような事を時々言われます。
つまり「ストイック」という意味なのでしょうね。
私自身はそういう風にはあまり思わないのですが、複数の人にそう言われると、やはりそうみえるのかな・・・などと思います。
ただやはり、生きるということは「修行」そのものなのだとは思います。
生きるということは、何かを積み重ねて積み上げて行くものだと思います。
ただ漫然と生きても一生だし、鍛え修練しながら生きるのも一生です。
私は多分、子供の頃に同居の母方の祖父と祖母から、より多くの事を学んで来たような気が致します。
日々ひたすら勉強に励む祖父と、日々ひたすら働き行動し続ける祖母でした。
「生きる」という事はこういうことなのだろうな、と幼心に胸に焼き付けたのかもしれません。
そしてそれが、人として生きる「是」なのだろうなと思って生きて来たのだと思います。
人生は「何のためにあるのか?」「人生はだれのためにあるのか?」・・・それが実はまだよく分かりません。
だから取りあえず走り続けるしかありません。
イージーに生きようととすれば、人生は安楽に安直に生きられるのでしょうね。
しかし「自分としての価値」を問うのであれば、そこは厳しく生きるのもまた生き方なのだと思います。
自分がなぜこういう生き方になったのかは、これ以上は分かりません。
ただこういう生き方が、元々「自分の生き方」だから仕方がありません。
ストイックを目指して生きている訳では全然ないのだけれど、結果的にそういう方向に向いて生きているようです。
生きるということは、せいぜい80年間・・・大人になってから老い込むまでなら、その半分の40年間くらいしか有効人生なんてないしね。
だからその間(40年間)くらいは、せめて懸命に生きないと・・・と思っているだけなのです。