こんにちは


今日は午前中に引き取りだ、納品だ、の外回りをして来て、今会社に来ました。


その午前中に、自分の部屋で観るとはなしに朝食がてら点いていたTVを観ていたら、41才の男性の半生のドキュメントをやっておりました。


平成6年に大卒となったものの、折からの就職氷河期でこの人も挫折。

その後は派遣の工員などを転々としているさなか、5年前のリーマンショックで解雇され、派遣とはいえ仕事も住む所(寮)も一気に失ったのだそうです。


アルバイトのような事をしながら食いつなぎ、2年前から就労支援の研修を受けて介護士資格を取得、今はそういう施設に「正社員」として勤める毎日だそうです。


夜勤など仕事はキツイけれど、ようやく世間に追いついた・・・という感じがする、と語っておりました。

派遣工員の頃は、友だちを作らずまた以前の友とも交際を絶っていたのだそうです。

理由は「自分と人を比べてしまうから」。


所で私は、学卒で社会に出たものではなくて、サラリーマンとして過ごした2社共に「中途採用入社」でした。

やはり学卒とは様々な意味で差はつけられていたのだけれど、大して気にもしませんでした。


その意味で私は、元々エリートとしてその人生のコースを歩んで来たわけでもなく、「雑草魂」そのものなのです。


人生はいつも「紙一重」なのだと思います。

つまり伸びる人も普通の人も苦戦する人も、スタートは紙一重の差しかないのだと思います。

問題は、その先をどう「頑張ったか」なのだと思います。


私は社長になるべき「王道」のような所をいつも歩いて来たわけでも何でもなく、ただ普通の「雑草」でしかなかったのです。

サラリーマン時代の収入や生活は「低レベル」だったし、それも仕方がない・・・と受け入れておりました。


問題は、そこからというか、「その後」なのです。

その「低レベル」をどうやって打破したり上昇させる「気概」と「行動」を採るかどうか・・・なのです。


だからそこまでは多分「皆、同じ」なのだと思います。

つまり「紙一重」。


問題は「そこから先」をどう生きたかで、そこに「差」というものがつくのだとすれば、それが「差」になって行くのでしょう。


つまり「紙一重からの差」。


人生というものは、そういうものなのだと思います。


つまり「始め」なのではなくて、「その後」なのです。


人生は「全力で生きる」と、それは「実る可能性」が高いのだと思うのです。