こんにちは


善意が相手に「善意」として伝わらない時があるのです。

だから「善意」を止めようとは思わないけれど、どうもね・・・。


たとえば、満員電車の中でお年寄りに席を譲ったとします。

が「私は立っている方が良いから」とか、席を譲られるほど「老人」ではないから・・・とか。


困ったり苦しんでいる人がいたとします。

そして、May I Help You ? の時などです。


本人は明らかに苦しいはずなのに、「私のことなら放っておいて下さい」という反応やレスをされる場合があります。

いや・・・放っておいてもよいし、こちらは何も困らないのだけれど、ならばその切なさなどを外に向けて延々と書いたり話したりしなけれよいのに。


ついマジレスしたくもなるし、それが真っ当な人間というもの・・・切々と書くのは「誰か助けて」だと思ってしまうのがまともな感性の人間なのですから。


こんな冗談話があります。

橋から身投げしようとしてためらっている人を見かけたので、押してやろうか引き寄せてよろうか迷ってしまう話なのです。


いや・・・どちらが「本人の望むこと」なのかの判断が難しいですしね。


生命や世を捨てようとしている人を助けたら「余計なお世話」になってしまう可能性が高いし、だからといって躊躇している人を後ろから押すのもなんだかなあ・・・という究極の話なのです。


ま、普通の人なら大体「後ろから押さないで引き寄せてやる」のでしょうが。


先日も東京メトロの日比谷線か銀座線で、電車の来る前に酔っ払って線路に落ちた人を、ホームにいた見ず知らずどうしの男4人のうち2人が下に降りて担ぎ上げ、もう2人がホームに引っ張り上げて人命救助した話が載っておりました。


が・・・なんと、その線は間一髪セーフだったのだけれど、隣の線路には高圧の電流が流れていて、下手をすればみんなもろとも感電死とか大変なことになっていた・・・という事がありました。

人間・・・助ける方も「命がけ」。


切なければ素直に助け合うのが人間どうしというものなのだろうし、ただそれだけでも良いのにね。