こんにちは


「ルビコン川を渡る」のWikにこういう説明があります・・・今回の記事の意味として分かりやすい説明なので転載致します。


☆ルビコン川を渡る☆

以後の運命を決め、後戻りのできないような重大な決断と行動をすることのたとえ


「退路を絶つ」も同じ意味です。


「犀は投げられた」で有名なカエサルの紀元前の古代ローマ時代の話です。


この話にはこんな比喩的表現もなされます。


人が川を渡って対岸の新天地に進もうとするのであれば、その川を渡って来た「橋(吊り橋)」を切り落として前に進め。


その橋を渡るという事を決断するならば、住み慣れた今までの国には生涯二度と帰るな・・・帰れないぞ。

そのために、今渡って来た橋を切り落として(もう戻れないようにして)、命を賭して前進しろ。


これは「起業の精神」と同じなのです。

「渡って橋を切り落とす」覚悟がないのなら、止めておいた方がよい・・・という意味です。


私は「起業の精神」が崇高だとも思いません。

ただサラリーマンより様々な意味でベネフィットが大きい・・・という程度の動機で始めるのであるならば、そうではなくて、この「ルビコン川を渡る」覚悟で進むべきでしょうね。


また起業とギャンブルを同列に扱う人がおりますが、それは大間違いなのです。

私の知る限り、ギャンブルの大半は「偶然」で決まる事に対して、起業の大半は「偶然以外」の要素で決まるのです。


サイコロはたいがい偶然でその出目が決まるのだと思います。

が、起業はサイコロの出目とは異なります・・・全然異なります。


「ルビコン川を渡る」の精神・・・でも私は、サラリマーン時代からずっとその意識で生きて来たような気が致します。

それくらいの覚悟や決断は、男にはきっと不可欠なのだと思います。


少なくとも、後戻りする時のことを考えるくらいなら、初めから行かない方がずっと良いのだと思います。


人生とは、そういうものなのだと思います。