こんにちは
世間ではよく「勝ち組」「負け組み」という言葉を使います。
私はその意味する所が大体分かるような気がするのですが、むしろ「勝ち・負け」という感覚も古いというかナンセンスなのだよな・・・と思うのです。
なぜなら人生は、「最後に笑えば良い」のですから。
人生は人間は、根拠の無いことは実りません。
実るには必ず「根拠」が必要不可欠で、一時の幸運やラッキーやマグレのようなことは続かないのです。
そしてその指針は「異性が自分をどう観るか」で多くの事は判別できます。
一般的に人間は「実って輝いている人間」を好きになるのであって、そうでない人はやはりそれは無理です。
異性というものは、対象となる異性をひたすら観察し続けているから、実り輝いた生き方の反応は必ず出て来るのです。
単的に・・・極めて単的にいってしまえば、人生がモテていればその人は実り輝いて生きているわけだし、モテていなければ、それは人生を輝いて生きていないからなのです。
異性というモニターほど分かりやすい「リトマス紙」はありません。
社会における評価というものには様々な観点があり得ますが、人物という評価に晒した場合「異性の目」ほど分かりやすいものはないのでしょうね。
でも人生、もしそれが及んでいないのであれば、それは及ばせれば良いのだと思います。
モテるのにはやはりその「根拠」が必要です。
イケメンもよいけれど、普通の外見でもモテる事は勿論できるし可能です。
よく女性が「あの人(男、)声や喋り方がステキ」などと言う人もおりますが、つまり生き方でも何でも「根拠」が有ればモテるし、無ければなかなかそれは難しいのだと思います。
男も女も、モテ始めたら人生が本物に向かって行くのかもしれません。
つまり・・・何事もすべては周囲や相手なのではなくて「自分次第」なのです。
人間、外見で諦める必要は何も無いのでしょう。
他の何であっても、それが人や異性に「ウケれば」それは輝きもすれば実るのかもしれません。
人間や人生というものは、他人との比較での勝ち・負けなのではなくて、つまり「自分の生き方次第」なのです。