こんにちは
今日も2編目です。
昨日は、このブログの訪問者とPVが何れも過去最高を記録して驚いております。
私は、社会で生きて来て「それが当たり前」だと思い込んでいた事が、一般の社会ではむしろ「異質」なのかなという感覚に傾いて来ました・・・最近。
社会というものは、馬や牛や羊の牧場などにある「囲い」のような物が有るのだろうなと思うのです。
つまり人間も「その囲い」の中でのみ生きているようなものなのでしょうね。
またはよく言う「カゴの鳥」とかも。
そこの中では、確かに「保護」や「安全」の要素がはたらいているのだろうから、孤立して生きて行くよりはずっと「安定と安心」の度合いが高いのでしょう。
野に出たら、そこには狼やクマやより多くの危険に満ちているのだろうし、食料だって今からすべて自分で調達できなければ、それは「死」を意味するのだろうし。
起業というのは、この囲いやカゴから、自ら外へ出て行く事と同じなのだと思います。
食料も自分で、安全も自分で、生きることも自分ですべてまかなって行かなければなりません。
だから「生きるためには」何でもしなければなりません・・・全部自分の生命を賭して。
しかしこれは、人間の「選択」で良いのだと思います。
私は「勇敢」という言葉が好きです。
「勇気」という言葉も好きです。
しかし「飼いならされる環境」の中では、勇気も勇敢も必要無いし、そういう事はむしろ邪魔にさえなるのだと思います。
本当に「勇気」「勇敢」を試したいのなら、囲いやカゴからは自ら出て行かなければなりません。
あまりよくは知らないのですが、TVの半沢直樹の話は、組織の中のサラリーマンなのに一人「勇気」「勇敢の世界」だから痛快で面白かったようです。
いや本当に本物と闘いたいのなら、囲いやカゴの中にいてはダメなのです。
元々が守られて闘うのと、裸の自分で闘うのでは全然違います。
人生は「選択」ができます・・・いかようにも、どうにでも。
何を選択して生きるのか、それは多分、先に決めて生きた方が良いのだと思います。
「いいとこ取り」は、あまりフェアな生き方でもないのかもしれませんし。
正々堂々と、臆することなく、思いっきり「勇敢」に生きて行きたいですね。