こんにちは


世間は3連休のようですが、私はそういうわけにもいかず今日も仕事場におります。


先ほど、昼食を買いにスーパーに行ったらこういう光景を目に致しました。

30代前半くらいと思われる男性が1人で買い物に来て、障害者用の置き場に車を「堂々と留めて」店に入って行ったのです。


車にも障害者ステッカーは貼っていないし、歩き方も健常者そのものです。

ただ・・・人相風体からすると、生きることには苦戦しているのかな、という感じが致しました。


一方数日前、山の手線に乗っていたら3人がけの「優先席」の真ん中だけが空いている所がありました。

そこへお爺さんの二人組みが乗って来て、その1つの空いた席を譲り合い始めたのです。

そしたらその隣に座っていた大学生くらいの男性が、無言で立ち上がってどこかに行きました。


きっと「どうぞ」というのも照れくさくて、無言で立ち去ったのでしょう。

優先席だから老人に席を譲るのは当たり前なのだけれど、東京ではこういう光景をよく見かけるのです。


この2人の男性は、そういう席や場所の尊重のしかたとしてまったく正反対の行動をとったのですが、そのような「日常の行状」は、その人の人生全体を変えて行くような気がしてなりません。


私はフットその駐車場の男性に話しかけようとしたけれど止めました。

「そこはあなたが置く場所ではないよね」と。


ただ・・・きっと、人間の人生の行き先は、「その場限り」ではないのだと思います。

良いも悪いも「背負って生きて行く」のだと思います。


これくらいは分からないからいいだろう・・・というのは卑怯なのでしょうね。


また山手線の男性のように、無言で席を譲ったからといって、本人は立っていなければならなくなったのだけれど、それはきっと「すがすがしい」気持ちでいられるのだと思います。


この時さらにこの男性が立派だなと思った事は、もう1人の座っている人がその内に立つのだろう・・・という種類の転嫁をまったくせず、その人がどうであろうとすぐに「自分が立って譲ったこと」なのです。


男はいつも正々堂々と生きるべきなのだと思います・・・卑怯ではなく。


「弱きを助け、強きをくじく」生き方が立派なのでしょう。


良い事をして生きている人にはきっと良い事が来てくれるし、そうでない人にはそうでない結果が舞い降りて来るのでしょう・・・人生は。