こんにちは


○○に付ける薬は無い、のだそうです。

先ほど道路を走っていて、本線合流の順番を止まって待っていたら、後ろのクルマの中年のおじさんが何だかわめいているのです、窓を開けて大声で。


多分こういう事でわめいているのだろうな、と察しはついたのですが、無視して走ってしまいました。

こういう事が10年に1度くらい有るような気が致します。


わずか数秒待つか待てないかのために、全人格を怒りに向けるというキャラは「常軌を逸している」のですが、そこで車から降りて売られたケンカを買うにはかなり「くだらない」ので止めました。


世の中には色々な人が散在しているので、ある確率でこういう人と遭遇する事は避けられません。

もっともそれは、道路と車の場合だけではなく、電車やバスや街中や仕事でも同じ事が起こるのだと思いますが。


世の中を生きるのには、怒りやすい人や細か過ぎる人に自分の「心の良識」の照準を合わせない方が良いのだと思います。


人間はいつも無意識に自問自答して生きているのだと思います。

そういう事を行う中で、自分の中の様々な「レベル」を調整しながら生きるのだと思います。

その時に、人に厳しいことを言われたり叱責されたりすると、落ち込むと同時に「自らを迷う」事は多々有るのだと思います。


でもそれは「たまたま相手がそういう人だった」と思えば良いだけの事が少なくないのだと思います。


就活で苦戦している学生に聞くと、行く先々で落とされて、もはや自己嫌悪になり何もかもに自信を失って生きる事への絶望感が襲ってくる・・・という事をよく聞きます。


でも、それは違うのです。

人間の人生は、学校を卒業する年の3月の進路の内容に「すべてが有る」のでは全然ありません。


私は学卒採用ではなく、一般求人(中途入社)によって社会に出たのですが、それでハンデを感じた事はまったく有りませんでした。

というか、そんなことより、人生のすべては「自分次第」でどうにでもなるのです


人生は点ではなく線だし、線を面に変えて行けば良いのだと思います。


人間は、人生の多くのことを「苦しみ」からしか学ばないしね。