こんにちは
明日からまた首都圏ビジネスに向かいますので、出張のためここのブログは少し休みがちになってしまうかもしれません。
が、できるだけ時間を取って書き続けたいと考えております。
今日もビジネスで、取引先の「小心な人」によって、ペースが崩れかけそうになりました。
いや・・・そういっては悪いのだけれど、サラリーマン常務は相変わらずだな、とまた思いました。
例えば経営者として求められる「資質」と、組織(会社)に勤める人に求められる「資質」は明らかに異なるのです。
多分前者が務まる人は後者も務まるのだろうけれど、その逆は難しいのかな・・・とどうしても思ってしまうのです。
私はサラリーマン時代に、地方営業所の所長・労働組合の幹部・同青年部の長・職場の主任・・・などの職責にも就いた事はあるのですが、そういう立場というものと「経営者」というものは「全然違う」のです。
何が違うのかといえば、例えば責任感が強いとか仕事に熱心で忠実だとかという括りでは、組織のそれぞれの「役」とか「職制」というものが務まる場合が多いのですが、経営者はもう「全知全能」でないと無理なのです。
そんな大げさな・・・と思われるかもしれませんが、私はいつもそう思うのです。
今日のその話も、私は1km先を観て言っている話なのに、彼は10m先しか観えていないのです。
いやそれでも彼は、社員何百人の会社の常務をもう10年近くも務めているのです。
それでそういう「役職」から降ろされる事もなく、まずまずの出来に至っている・・・くらいに思われているようなのです。
むかし政治の世界で「かつぐ神輿(みこし)は、軽くてアホがいい」・・・という話がありました。
この神輿とは、みんなが息を合わせて奉る(たてまつる)象徴を指すのですが、それは特に最優秀でなくても、とにかく「みんなでかついでしまえば、なんとかなる」という意味なのです。
つまり「そういう存在」は、特段「優れていなくても」・・・もっといえば「何でも良い」のです。
組織の「妥協の産物」というものは、それでも務まってしまうものなのです。
それが証拠に会社では、優秀だから「長」になるものだとも限らず、年功や順番などでそうなる場合の方が圧倒的に多いのでしょう。
所が、そんな感覚で「経営者」になったら、それはもう確実に「アウト」なのです。
まさしく結果は正直で、そんなものは「すぐ終わり」になるのです。
たいがいの経営者は組織の常務くらいはできるのかもしれませんが、その逆は難しいのだと思います。
なぜなら1km先を観るのではなく、10m先しか観れなくても務まってしまうのだから。
そろそろ出張の準備を始めます。
それではまた。