こんばんは


今日、3編目です。

誰かに何かを言われる(言われた)訳でもないけれど、ともすれば私のブログは少し高慢に読めるのではないかと、自分が客観的に観るとそう思うのです。


私は不思議な感性が有って、物心ついた頃から、人をうらやんだり、ねたんだり、ひがんだりコンプレックスという感覚を持った事がないのです。

つまり自分を人と比べない。


いつもマイペースだし、人を見下げたり差別したりという感覚も持った事がありません。

だから常に、プラス(満ちている)のものはプラスだし、マイナス(足りない・至らない)のものはマイナスだと、自他共に客観的に物事を観て来ました。


いつも「他の人と比べて○○」という感覚には無く、みんな成功してみんなが幸せになれれば良いし、その中に自分も「できれば」入っていられるようになりたい・・・と思っておりました。


だから多分、ここでも自分の事を、いつもそのまま書くのだと思います。

少なくとも、人と比べてみたりして「どうだすごいだろ」・・・なんて感覚はゼロなのです。


小学生の時など、兄貴とか友だちがいつも人をバカにしたり見下げたり、またひがんだりねたんだりコンプレックスの塊化していることを観ていて、不思議というかその情緒や感覚が理解できませんでした。


皆んながそうなのに、そういう情緒が自分の中には皆無だから、むしろいつも「自分が変・おかしい」のかなと悩んだりもした記憶も有ります。


それが解決したのは、20才くらいの大人になってからです。

そういう情緒が無いという事は、それが生きるのにどれだけ「楽」なのか・・・とも思えたし、人の心は十人十色・千差万別で良いのだな・・・という所に行き着いたのです。


それ以降も「人に追いかけられる」事は有りましたが、「人を追いかけたこと」は生涯一度もありません。

人のことはどうでもよいし、人は人・自分は自分だし。


ライバルというものは、双方にその自覚が有ってこその「ライバル」なのでしょうが、私はいつもそういう感覚を持った事が無いので、むしろ相手側はそういう私を不思議に思っていたのだと思います。


なぜなら自分の人生は、「常に自分が自分にベストを尽くすために有る」のであって、人と比較したり勝ち負けのためにあるのではない・・・と思っていたからなのでしょうね。


そう・・・、人生は「自分のベストにトライ」するために有る」のです。

人のことなんて、どうでもいいのです・・・一生ね。