こんにちは
今日もまだ仕事中なのですが、2編目を書きます。
人生、いわゆる「勝ち組み」が幸せで、「負け組み」が不幸・・・なんて事は全然ありません。
人生、表街道で生きて来たか、裏街道で生きて来たか?も、幸・不幸とは全然関係ありません。
メジャー人生か、マイナー人生かも、幸・不幸とは全然関係ありません。
そこでどう生きたか・・・がすべてなのでしょう。
私は数年前に、ある女性から「典型的な、地獄や修羅場を生き抜いて来たような人ですね」と言われた事があります。
そうなのかもしれないのだけれど、彼女が私の何からそれを感じ取ったのかは、あまり詳しくは聞きませんでした。
それを彼女が私に言ったのは、出会って2回目か3回目の時です。
それについて今私が強いて言えば、生きて行くのに怖いものが無い・・・くらいですかね。
一般的に人間が持つ「不安」の最たるものは、漠然とした「これからのこと・将来のこと」なのでしょうね。
恋愛とか結婚とか仕事とか、金銭とか家族や子供の事とか健康や老いについてとか。
そしてそれについて「怖いものが無い」という事は、つまり将来に「不安が無い」という事なのです。
いや何という自信家なのか・・・と思われるかもしれませんが、それは「自信」では無いのです。
更に言えば「自信も不安も無い」のです。
ただ解るような気がしているのは、どう生きればどうなるのか・・・だけなのでしょうね。
その「どう生きればどうなるのか」は、今まで生きて来た「経験」と「地獄や修羅場」から体得して来たものなのだと思います。
私はその頃にその女性に、多分そういう意味の事を言ったのだと思います。
私はある時期から「本」というものをまったく読まなくなりました・・・多分20代の中頃からだと思います。
その何となくの理由は、自分がそこまで生きて学んだこと以上の事は「本」には書いてないのだろうな・・・と思ったからなのでしょうね。
学ぶ事の大半を「実体験」から吸収してしまうと、「本」に依存する必要が無くなるのでしょう。
いや「知識」として知らない事は無限に有るのだろうけれど、その「知識」は自分がこの先に生きて行くのに「必要不可欠」なものとも思えないから。
人生は「本」から学ぶのではなく「経験」から学ぶもの・・・そんな気が致します。
多分、不安は弱さからなのかもしれません・・・そして、裏づけの無い自信はただの自惚れで、それも弱さなのでしょう。
苦しい事や辛い事から決して逃げない・・・それだけでも人間はすごく成長するものなのですよ。