こんにちは


昨夜遅くに宿に帰って来る時のバスの中での事です。

早めに乗れたので座席に座って発車を待っていたら、続々とお客さんが続いて乗って来たのですが、1人の女性のカードの多分チャージが切れていて、乗車の流れが止まってしまいました。


その女性が財布から現金を取り出している間に、その二人後ろに並んでいた白髪の老人が、待ち切れずに前に回って先にセンサーにカードを近付けて車内に入ろうとしたのです。


バスの運転手が大きな声で「お客さん、順番ですよ・・順番」

老人は、前の人が隙間を空けてくれたので前に出て乗り込んで何が悪い・・と応戦。

さらに運転手「お客さん、順番を守って下さい・・順番です」


老人は仕方なく後ろに下がって元の位置に戻り、その後順番で乗りなおしました。

降車は私と同じ大学前のバス停で、その後夜のキャンパスの中に入って行きました。


しっかりスーツを着てカバンを持っていたので、外見・年恰好から教授とか副学長とか高位の方なのでしょう。

何か歩きながら独り言を言っていたから、運転手さんに人前で大きな声で二度も注意されてバツが悪かったのでしょう。


学内ではどんなに高位や高名であったとしても、社会では一市民としてのルールは守らなければなりません。

彼はそれをどこまで反省したのか分かりませんが、組織の人間として高位である事と、人間として高位であるかは全然別です。


子供でも守るルールを、いい年をした外見は立派な老人が守ることができない・・・でもそういう事は実は世の中にはたくさんあるのだと思います。

人間は、人として守らなければならないルールやモラルというものを、何のために守るのでしょうか。


それは私は「自分の人間としての誇りやモラル」で守ります。

それが社会のルールだから守るのではなく、自分のプライドや誇りとして守るのです。


今日、駅前で「介助犬を育てる組織」の方が数人ほどで、賢いラブラドールと一緒に募金活動を行っていたので、私は迷わず募金をしてまいりました。

これもどこかからの義務やルールなのではなくて、自らの「誇りとプライド」でそうしました。


「天網恢恢祖にしてもらさず」という言葉が大好きです。

分かりやすく書くと「神様は天から人間の行状をすべて見て見抜いていて、人生はその結果の通りになる」という意味です・・・意訳ですが。


勿論「神様からバチが当たるから悪行を行わず善行に生きる」のではなくて、その前に「自分の誇りとプライド」でそれは決めるべきだしね。


明日また地元に戻って仕事に戻ります。

それではまた。