こんにちは
この一昼夜で20時間くらい睡眠していた感じが致します。
もう「寝る子は育つ」年でもないのに・・・日ごろが疲れすぎなのかもしれませんね。
生きて来た中で、人間の「センス」というものが、人生を大きく分けるのだろうな・・・と思うようになりました。
それが一番顕著に出るのは、書く・話すという創作的表現である事は間違いありませんが、対人関係や人生観や生き方などにも大きな要素になっているのだと思います。
私は20代の労働組合執行役員の時に、複数の上司から頻繁に「文を出す」事を求められた事がありました。
与えられるのはただ大雑把なテーマだけで、あとはヒントやきっかけなどは全くないのです。
組合○年記念誌の冒頭文などという、本来なら組合長が著すべき重要な文章を、当時の私のように駆け出しの若造に書かせる・・・という度胸もすごいな、とは思いました。
おかげでその先後々、技術系自動車月刊誌にライターとして出稿するようになった時などは、その数年間の経験はかなり役には立ってくれたのだとは思います。
先にも書きましたが、書く・喋るという事はつまり「センス」がすべてなのです。
同じ単語や言葉を並べるのだとしても、文というものはその並べる順番で語彙や意図が大きく変わるものなのです。
人生は確かにキャリアがスキルを・・・スキルがキャリアを生んで行く事は間違いないのですが、その最初の機会を人生で与えられたと時、それにどう呼応できるかどうかで、人生はいくらでも大きな事が変わって行きます。
人間どうしというものは、ただ書けばよい・喋ればよいというものではなくて、そこでどういうセンスが著されたのかもすごく重要な事なのです。
人間と人間の間というものは「言葉では」言い表せないもの」が大きくたくさん存在致します。
人を観ていると、内定が早く取れたり組織の中で昇進が早い人は、たいがい「すごくセンスが良い」人が多いのだと思います。
少なくとも、その逆の結果は無いし。
センスとは一見感性のようなものだと考えがちですが、私はそれは「思考・思慮」そのものなのだと思います。
私は書くことはいくらでも有っても、本というものを殆ど読みません。
人生とは、読んで学ぶものでもなく、やはりいつも「考えること」がすごく重要な事だと考えるからです。
そして「センスを磨く」・・・、それはやはり人間にはすごく大切なことなのでしょうね。