こんにちは
ここの所、将来の人材として有望な可能性の有る人を3人ほど観る機会がありました。
人生はまさしく「イス取りゲーム」なのです。
早いもの勝ちもそうだけれど、世の中には極めて限られたイスしかないのでしょうね。
そこへ誰が座る事ができるのか、自分はそういうチャンスにめぐり合えるのだろうか・・・とか。
東京に行った時、スタバに入ろうと10回行ったとすると、その内で座る所が有るケースは1~2回くらい。
無い時の方がずっと多くて、イメージとして8~9回は無理です。
オープンテラスなどだと、ほぼ10割がムリ。
その理由は勿論座れる容量よりも来店する人の数の方がずっと多いからなのだけれど、偶然空きが無いというより、自分が空席を探すようにその前にも多くの人がそうして空席を探していて、運の良い人だけが座れる、あとの人は諦めて出て行く・・・なのでしょう。
だから自分が空席を探すように、実は座っている人の数より空席を探していた人の数の方がずっと多いのでしょう。
郊外S/Cの空いた駐車場待ちも同じ理屈、電車の始発駅での席取りも全部同じ。
人生は自分がどれだけ努力したのかと、座れるイスがあるのかどうかは全然別の事なのです。
恋愛も結婚も就職も・・・すべてはたいがい「イス取りゲーム」なのでしょう。
いや同じ視界でそれを争ったら、100人で1席を奪い合う・・・なんて事もあるのでしょう。
それではとても座れるわけがありません。
だからたいがいの人は、人生を「座れない99人」として生きるしかないのです。
私は、私の事業・仕事の上で可能性の有る人には、1人に1つの席を準備して上げようと思うのです。
つまり自分さえその気になれば、全員が座れるのです。
イス取りゲームである事が良いか悪いかなのではなくて、社会や人生の大半の構造は、「ずっとイス取りゲーム」を生きるしかないのです。
そしてそれは、その流れにどこかで自分がピリオドを打たない限り、生涯が1席を100人で奪い合うような構造の中で生きるしかない・・・という事になるのです。
でもスタバ、あそこで延々と勉強をしている一見学生さん風だけはなんとかして下さい・・・時間制限とかで。