こんにちは
人は、自分が何をしているのかをよく分かっておいた方が良いのだと思います。
例えば、今午前の外回りをして会社に戻って来たのですが、同じ中年の男と車で3度目の繰り返しの出会いをしたのです。
その人は、自動車専用道路のバイパスを途中から降りようとして、ワンボックスで私の後ろに右車線から左車線にギリギリ入って来たのでした、オラオラ走りの見本のような走り方で。
で、そこからかなり離れた場所で、その後さらにその人の車と偶然2度遭遇したのです、ナンバーと車種を憶えていたので。
車の走り方をみていると、その運転者のメンタルがよく分かります。
慌てているとか動揺しているとか興奮しているとか。
でも・・・、私の住む地方中都市のような所では、たとえば10km先の目的地に行く時、飛ばそうがゆっくり走ろうがどんな走り方をしても、到着する所要時間は1~2分違うかどうか・・・なのです。
なぜなら市街地走行では、信号と道路の混み具合でその流れや到着のペースが決まってしまうから。
その1~2分違うかどうかの為に、額に汗してストレスだらけになって飛ばして、さらに事故のリスクや燃費の悪化を増大させるのに「なぜ飛ばしたくなるのですか?」ね。
人間は、よく考えてみるとこういう「考え違い」を至る所でしているのだと思います。
人間の行動は、一見すごく論理的なように思えて、実は逆のことをやってしまっている事が少なくないのでしょうね。
私は仕事のペースを決める時に、セオリーとは異なる事を割りに取り入れております。
たとえば「今日できる事は今日やり切って、明日に回さない」という事がよく言われます。
でも私は、1日の後半に起きた「やるべき事」の多くは、明日に回すのです・・・重要度の高い案件ほど。
そして割りに重要度の低いどうでもよいような仕事を1日の後半に入れます。
人間の体や精神(脳)は、それを集中できる時間は、1日あたりせいぜい数時間なのだと思います。
特に文章作成や交渉ごとといった「頭脳をフル回転させるべきこと」は、たいがいその日の午後3時か遅くとも4時には切り上げた方が良いのだと思います。
もっと単的にいえば、朝方にその日のゴールデンタイムである集中数時間を今日は何に使うのか・・・を先に決めておくのです。
それの方が、結果がずっと良いような気が致します。
ここから10km先に車で行く時に、今の自分には何が一番大切なのかをよく分かって走り始めた方が、何も考えないで感覚や情緒だけで走るよりはずっと安全で楽なのだと思います。
少なくとも1~2分を争って早く着きたいというケースは、実際にはほとんど無いのだと思います。
人生は「よく考えて生きる」方が、そうでないよりはずっと良いのだと思います。
多分人生は、そういう些細な事の積み重ねを何十年も繰り返す事で、たいがいの事は決まって行くのでしょうから。