こんにちは


出身高校の同窓会から委託を受けた業者から、来年度版の卒業生名簿編集の為にご協力を・・・という便りと電話が来ました。

5年に一度ずつくらい更新しているようです。


私の卒業した故郷の高校は公立で、一学年が450人もいるマンモス校でした。

一学年で男子が360名、女子が90名くらいの共学校でもありました。


5年前の名簿の進路先を観ていて、自営業主が10人くらいで会社の創業社長は私を入れて3名位でした。

地元の金融機関や役所に勤めている公務員・教師が多く、大半はサラリーマンだった記憶があります。


この5年間で何人が起業家になれたのかは未だよく分かりませんが、1人や2人は増えていてほしいものです。


こういう名簿などを観ていると、人間の人生は何によって決まったり変わったりして行くのかな?と思います。

その答えは多分すごく難しいのでしょうが、でもしかしすべてが偶然やマグレのようなもので決まって行くわけでもないのでしょう。


人生は「それになる」ことよりも「それを続ける」事の方がずっと難しいのだと思います。

つまり社長という存在についても、確かにそれは「社長になること」よりも、「社長を続ける」事の方が何十倍も何百倍も難しいのだと思います。


さらにそれを広く大きく・・・株式の公開上場にまで持って行く事はもう「不可能に近い至難」なのでしょう。

私の高校の学年の卒業生が450人もいても、そこまで行くのは多分1人もいないのでしょう。

私はそれに挑むつもりでおりますが、創業社長でさえ3/450人の割合(5年前)だったのですから、やはり社会は厳しく難しいのでしょうね。


そしてこの課題の中で何が一番難しいのかといえば、創業社長の事業展開や人生には「マニュアルが無い」ことなのです。

サラリーマンとして仕事上接する大半の事には「マニュアル」「ルール」「デフォルト」というものが存在するのですが、創業社長にはそれが殆ど無いのです。


ひとつひとつすべての事に「最良の判断」の要素が含まれ、またそれを厳しく要求されるし、更にそれ以上の創造性や行動力・実行力もシビアに要求されます。


だからすべては「自分のせい」で、「人のせい」にはできません。

それでも失敗すれば、多くの場合人生を懸けて償わなければなりません。


そしてそれを大半の人は「大それたこと」なのだと思うのでしょうね。

いや私も今だにそれは「大それたこと」なのだと思ってはおります。


ただ私は、そういう生き方の方が好きです・・・両方やってみて。


自分が社会や人々の中でどれだけ通用するのかしないのか・・・それの結果は正直に出てきますから。