こんにちは


人間は、どういう生き方をするのかについて、よく考えよく分かっていた方が良いのでしょう。

なぜなら人生は、たいがい目指した方向にしか行かないし・・・いや目指すものさえ無いのなら、それはもうこの先は難しいのでしょう。


とはいう私でも、それを考えられるようになるまでには、ある時間・年数がかかりました。

多分、サラリーマン時代の大半はそれは考えてもいなかったのだと思います。


というか、それにさえ気が付かなかったのでしょうね。

ならば「何故起業したのか?」と問われれば、それは目指すものができたから、なのだと思います。


総論として、人生は自分の「人間性」で決まって行く要素が大きいのだと思います。

知力やIQや学歴も大切ですが、社会で生きるには、それがたいがい「人間性」の部分で決まって行くのだとは思います。


一般的に「もてる」人は誰からも「もてる」し、内定を取れる人は複数でさえそれを取るけれど、そうでない人は何十社受けても難しい人も少なくありません。


でも、「もてなかった」り内定が取れないからといって、そこでその人の価値や将来がすべて決まってしまうわけでは全然ありません。


なぜなら、人間性と社会性は違う事なのです。


私の感覚では、内定を取りやすい人は、同年代の中でも社会性に長けて「大人びた」「ませた」方が多いような気が致します。

そういう人はそうでない人より明らかに「得」をするようにこの社会はできております。


その意味で内定に関しては、「社会性」や「人間関係の経験」で決まる要素が大きいのだと思います。


つまり人生は20才前後の就活などですべてが決まるものでは全然ありません。

「一生」という長い道のりをどう生きるのか・・・なのです。


なぜなら、そんなに若い時に人生のすべてを分かって生きている人などいないからです。


長い長い人生を総論でいえば、それは「人間性」によって変化する要素が大きなウエイトを占めるのだけれど、それと就活のような各論を同じ価値で考えない方が良いのだと思います。

なぜなら就活のような各論においては、スキルも大きな要素で存在するからであります。


人生を生きて、それが段々分かって行って、最終的にはいつどこで「自分に目覚める」のか・・・だけなのでしょうね・・・一生は。