こんにちは


「やられたら、倍返し」・・・サラリーマン金太郎という漫画の中で出て来る言葉なのだそうです。

それだけ人間の世界というか、ビジネスの社会は熾烈で過酷です。


私はこの週の3日間、ビジネス絡みで東京ビッグサイトのフェアに、商社経由で自分の考えた機械を展示しておりました。

構想から開発・完成まで5年を要しました。


そして展示期間中この機械を観るたびに、物事はエネルギーが必要なのだけれど、この力は一体どこからやって来ていたのかをいつも考えたりもしておりました。


その精神の中に存在した多くの要素は「社会貢献」でもあったのですが、そういう表向きの要素とは裏腹に、人間は「それをがんばれる力」・・・つまりエネルギーが不可欠なのだといつも思います。


そのエネルギーの源はやはり「やられたら、倍返し」のようなものなのでしょう。

私がサラリーマン時代に、「やり手」の上司がよく「足を引っ張られてキツイ」という事を嘆いていたのですが、その感覚が自分にはよく理解できませんでした。


なぜなら私は自分が足を引っ張られた事が無いから、その言っている感覚が分からないのです。

つまり平凡な平のサラリーマンでは、普通は足なんて引っ張られないのです。

だから分からない。


ちなみに足を引っ張るという感覚がどういうものなのかというと、それは足を引っ張ってでも引きずりおろしてやろう・・・という感覚なのでしょう。

つまり「おまえだけいい思いはさせないぞ」という羨望・嫉妬・嫉み・妬み・僻みのすべての「悪意」の感覚なのでしょうね。


そして私が起業してここまで、それが痛いほどよく分かる事になったのです。

リアルな言い方をすれば「会社も人も、相手を潰し合い」するのです。


でも私は、そういう境遇(潰し合い)に起業後に放り込まれたから、機械の開発なども含めてここまでそのエネルギー(やられたら倍返し)が保って来れたのだろうな・・・と思うのです。


人間は建前(キレイな世界)と本音(情念や感情の世界)の中で生きております。

できることなら潰し合いなんてしたくはありません。

でもこういう世界で生きていると、それを仕掛けられることは避けられないのです。


人間の本質や本性には、「本音」の要素がすごく多く含まれているのでしょうね。


でもそれは、それだけ「前に出て生きている」からなのでしょう。


男は、足を引っ張られるくらいにならないと、社会に通用したことにはならないのかもしれませんね。