こんにちは
日曜日の朝方は、一週間の内で最もテレビをよく観る時間帯なのです。
もっとも平日は朝食のわずかな時間以外はテレビを観ないので、一週間全体でも今は2~3時間くらいしかテレビを観ません。
それらの番組の中で、昨年大阪市が公募した民間出身小学校長のドキュメントを放映しておりました。
38才の東大卒で、外資系の証券会社を渡り歩いて、900人の応募の中から選ばれた12人に選抜されて赴任したものの、わずか3ヶ月で自己都合退職してしまったのです。
退職理由は、教育委員会のとの不協和音で進めたい事ができなかった・・・のだと。
同期や周囲の人たちからは「すぐ辞めるくらいなら受けなければよいのに」という批判的な意見が多かったような気が致します。
38才といえば、私が起業して会社を設立した時の年令に近いのです。
人間が「ある地位につく」という事が、どういう事なのかがよく分かっていないと、それはたいがいの場合に挫折するのでしょうね。
不協和音が出ているから失望して辞める・・・のならば、初めは不協和音なんか出てくるわけないと想定してその職に就いたのでしょうか。
人の上に立ったり組織を動かして行くという事が、どれだけ難しかったり苦しい事なのか・・・私はそれが分かっていたので起業を軌道に乗せる事ができたのですが、それができないから辞める・・・という論理は一般的な社会ではほとんど通用しない理屈です。
組織の「長」、トップに立つという事が、どれだけ難解で困難な事を克服して行かなければ成り立たないことなのかは、それを受けた人はその覚悟をしてその道に入っているもの、と周囲には判断されます。
まだこの人はここを辞めても他に行く事を模索できますが、起業した経営者なんてたいがいその退路を絶たれているので、途中で「やっぱり辞めた」などとは言えないしできないのです。
文字通り「生命と人生」を懸けて、懸命に自ら起こした事業に殉じて生きるしかなくなるのです。
30代にもなるのなら、社会人としてそれくらいは分かっていないと。
経営者など人の上に立ち組織を引っ張って行く立場にある者は、トップというものがいつもどういう事とどれだけ戦って行かないと成立しないのか、それはもう無限に続くのです。
だから経営者に限らず、人はいつもその覚悟を決めておかないと、社会では生きていけないのです。