こんにちは



数年前、外資系企業のエージェントをやっていた時に、よく問題になっていた要素に、それがmustである


のかないかを決めておく場面がありました。


中学で習う助動詞の「must」です(・・・なればならない)。



例えば学校や会社の仕事では、勉強であれ成績であれほとんどの事が「must」で縛られます。


学校や会社というものは、元々そういう論理でできています。


そのmustに至らなかった場合には、様々なペナルティや補完的な事を負わされる事になります。



私はある時期から、人間の生き方として、組織のmustに縛られる人生からの脱出を図りたくなって、勤め


ていた会社を辞め、起業したいきさつがあります。


mustとは、例えばテストの結果が赤点だから補講・追試であるとか、企業なら売上がmustの額に達しな


かった場合に、薄情にも減給や降格があり得ます。



しかし人間の本来の能力というものは、mustに到達できたかどうかだけで計るものではないのです。


勉強や仕事で本当の価値の有る成果を上げられたかどうかと、それがmustに到達したかどうかは別の問


題なのです。


だから私はmustの塊りのようなサラリーマンを辞めました。


そして今の自分は、それで良かったのだと思っております。



人間の能力や価値とは、mustで計ることのできないグローバルで緻密で壮大なものなのです。


ですからmustの世界で苦戦するからといって、それで人生の順番や存在の価値が決まるものでも全然な


くて、本当の価値は「さぁ好きにやってみろ」と言われた時から始まるのです。



そこはmustの世界とは異なる本当の「能力」の世界なのです。


そして人生の大事な事は、実はその辺りから始まって行くのです。



mustの世界で苦悶し失望しないで下さい。


本来問われる人間の価値とは、そういう事(must)とは違う次元における能力なのですよ。



それではまた