運命が変わった場所

 

「先生になる気、無いんやろう?」

 

研究授業の振り返りが終わって、実習全体を通した振り返りに話題が移行して、ピリッとしたムードから、ほのぼのとしたムードに変わりつつあった中で、校長先生が、突然、僕の方に向かって、放った言葉である。

 

「えっ・・・」

「えっと・・・」

 

この時、僕は、どう返事をしたのか、上手く思い出せない。おそらく、狼狽のあまり、マトモに喋ることが出来なかったはずだ。それは間違いない。お茶を濁すように苦笑いを浮かべて乗り越える、なんて芸当も出来なかった。ただただ、うろたえる他はなかった。

 

自分の返答の記憶は曖昧なのにもかかわらず、周囲の雰囲気や空気感は、脳裏にこびりつくレベルで、ちゃんと記憶している。否、”忘れることが出来ない”と形容すべきであろうか。

 

部屋全体の空気は、校長先生の一言によって、ガラッと変わった。途端に重苦しいムードが辺りに充満した。まぁ、当たり前と言えば当たり前なのだが。時間にすれば数秒間であろうが、静寂に包まれたあの瞬間は、僕にとっては、永遠のようにも感ぜられた。

 

「まあまあ・・・。」

 

沈黙を遮るように、僕の研究授業を参観し、反省会にも出席していただいていた、大学院のゼミの教授の方が、口を開いた。僕が推し黙っているのを見かねて、救いの手を差し伸べてくれたのだと思われる。日頃から聞き慣れていた教授の声によって、僕自身、我にかえったような心持ちになったのを、ハッキリと記憶している。

 

その後、校長先生から、詰問を受けるようなことはなかった。ただ一言、冒頭に書き記した文言を、投げかけられただけだ。その問いに対して僕がアンサーを出すこともなかった。これは推測になるが、校長先生自身、僕に、何らかの答えを求めていた、というわけではなくって、”胸に手を当ててよく考えてみなさい”とでも言うべきニュアンスで、メッセージ性の強い言葉を選んで僕に投げかけた、のではないだろうか。

 

「先生になる気、無いんやろう?」

 

今でも僕は、定期的に、物思うことがある。あの問い掛けは、いったい、どういう意図があったのだろうか、と。考えたところで答えは見つからないのだが、考えずにはいられないというのか・・・、ある意味、”忘れてはならない”という意味合いもあるのかもしれない。

 

結果的に、僕は、「学校の先生」というルートからは外れた道に進むことになった。そういう意味では、校長先生の言った通りの展開になった・・・とも受け取れるのだが、あの時、僕に投げかけた意図が、もしも、「もっとシャキッとせい!」「そんなんじゃ立派な先生になれへんぞ!」と、発破をかける意味合いが強かったとしたら、僕は、校長先生の期待を裏切ってしまった、ということになる。それだと申し訳が立たないなぁ・・・とも思う。

 

「あの一言はどういう意図で発したのか?」という視点に立って考え始めると、キリが無くなる。

 

言葉通り、教師としての資質に欠けた実習生だ、というニュアンスで発したのであれば、見立て通りの結末になった、とも言えるし。この実習生には厳しい言葉を投げかけた方が発奮してパフォーマンスを向上させるはずだ、という狙いで、敢えて強い言葉をチョイスしたのであれば、どうやら見当違いだったらしい、とも言えるし。「可愛い子には旅をさせよ」的なニュアンスも孕んでいたとしたら、旅をさせてみたら戻って来なくなってしまった、とも言えるし。

 

僕個人としては、あの一言は、間違いなく、自分の人生を形成する上で、大きなキッカケとなった。ただ、だからといって、「教師になる気が無いと言われたから本当にやめてやった」というわけではない。どうしても、そう受け取られてしまいがちなのが、僕としては、頭が痛い話なのだけれども・・・。

 

この辺りは、上手く言葉を選ぶのが難しく、毎回毎回、苦慮してしまう。同じテーマでありながらも、その時々で、自分の考え方等が変化しているのも、あるのかもしれない。ただ、断言出来るのは、「そんなん言ってくるんやったらコッチから願い下げじゃ!」みたいな、腹いせ的なニュアンスは、一切、孕んでいない。それだけは確かだ。

 

僕自身、冒頭の一言を告げられて、狼狽したのは事実だけれども、その一言があったからこそ、自分の人生というものを、腰を据えて考えるようになったのも、また事実なのだ。

 

それまでは、高校1年生の時の担任の先生に憧れて、自分もこんな先生になりたいと思って、漠然と、学校の先生になるためのレールを歩いているだけだった。”なんとなく”という感覚は少なからずあった。”なんとなく”のまま、教職大学院まで来てしまった結果、こうなったわけである。

 

これは決して大袈裟な話ではなく、校長先生のあの一言が無ければ、僕は、今でも、”なんとなく”のまま、(教師か否かは別として)教職関連の仕事で、”とりあえず”生計を立てようとしていたかもしれない。

 

将来のビジョンを明確に描くという観点から考えれば、校長先生のあの一言は、僕にとって、間違いなく、大きなプラスをもたらした。それだけは、声を大にして言いたい。

 

今日はここまでとするが、今回のテーマは、僕を形作る上で、とても重要な部分なので、明日も、違うベクトルから掘り下げるかもしれない。

 

つづく

 

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