万国津梁・アルゼンチン~琉球國祭り太鼓アルゼンチン支部との16年間~④ | MATSURI 日記

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1982年結成。創作エイサー団体「琉球國祭り太鼓」の公式ブログ。

【出会い】


翌日、県人連合会館のテレビ画面で見た青年達のことが気になり、何とかしてあってみたいと県人会役員に申し入れたところ、丁度日本庭園で開催される祭りに出演しているとのことであった。早速、日本庭園を訪ね、楽屋で出演前の彼ら(西原パーランクーのメンバー)と初めて出会った。


同級生に通訳をお願いし、皆さんが演舞している「ミルクムナリ」は、沖縄の琉球國祭り太鼓の演舞であり、他にも多数の演舞曲があること、そして自分はそのメンバーであり、できれば一緒に共演したいこと、他の演舞も教えたいこと等を申し出た。


しかし、代表を務める呉屋エルネスト氏には「それは、お断りする」と呆気なく断られてしまった。出演前に初めて会う見ず知らずの者からの申し出では当然のことであろう。側でそのやりとりを聞いていた祭りの責任者から、せっかく日本から来ているので、それでは別々に演舞をしてもらいたい、といわれた。その辺も日本では考えられない感覚で実にわくわくした。


さて、演舞である。


彼らが3曲ほど演舞した後、一人で舞台に上がった。とにかく本場の祭り太鼓を伝えたいとの想いが異様なほどテンションを上げ、1曲目の「滝落し」の演舞では、方向さえも間違え、後ろ向きで演舞が終了してしまった。


さりげなく振り返り一礼すると会場を埋め尽くす観客と演技を終わった彼らが総立ちで拍手を贈ってくれた。後にも先にも、これほどに全力で太鼓を打つことがない舞台であった。


楽屋に戻ると、代表者のエルネストはじめ、メンバーが訪ねてきて、滞在中に何とか演技指導をお願いしたいと申し入れてきた。


その日の出会いがその後、強い絆を結び大きな感動に繋がるとは誰も知らない。

出会いとは本当に突然で不思議なものである。(つづく)



(文:與那嶺昭)