世界は広い。
しかし、その広さを本当の意味でリアルな「自分の生活圏」として体感している人間が、一体どれほどいるだろうか。
私のパスポートを開けば、そこには日米欧の国境を驚くべき頻度で往復してきたスタンプが整然と並んでいる。
二月にニューヨークへ飛び、三月にはフランスの地を踏む。
四月に再びニューヨークの雑踏へと戻ったかと思えば、五月にはまたパリの薫風に包まれている。
そしてここからのスケジュールも、七月のロンドン、八月のパリ、九月のニューヨーク、十月の南仏プロヴァンスでのレコーディングへと、息つく暇もなく一直線に伸びている。
太平洋と大西洋を同時にまたぎ、世界の経済と文化の最重要拠点を交互に巡るこの怒涛のローテーション。
客観的に見れば、それはどこか大企業のトップや国際要人のグランドツアーのようにも映るかもしれない。
だが、私にとってこれは、単なる移動の記録ではない。
自分の知性と実力、そして徹底した戦略によって築き上げてきた、誰にも脅かされない「本物の独立国」を拡張し続けるための、必然の軌跡なのだ。
国境を越えるということは、常に国家のシステム、つまり「プロ中のプロ」たちの目利きと対峙することを意味する。
アメリカの厳格な入国審査。
毎月のように入国を繰り返せば、当然のように彼らのマニュアルがアラートを鳴らし、荷物チェックというハードルを仕掛けてくる。
だが、そこからの打ち手が私のリアリズムだ。
あえてヨーロッパを挟むことでデータの不自然さをリセットし、完璧なビジネスレターという「ツッコミようのない証拠」を先手で突きつける。
こちらの佇まいと用意した完璧なカードの前に、審査官はシステムをオーバーライドし、道を開けるしかなくなるのだ。
フランスに至っては、その国際的なステータスの高さから、もはや審査すらなくフリーパスで私を迎え入れる。
世界基準のインフラを味方につけ、私は今日も走り続けている。
この話は決して
自慢話でしているわけではない
みなさんにもこのような
国際感覚を身につけて欲しく
お話をさせてもらってます。
私の考えや行動を学べる
オンラインサロンにわざわざ
いらしてくれてるからです。
世界はあらゆるチャンスが混在しているし
あなたの可能性を最大限に引き上げてくれるだろう。
しかし、その一方で
日本の狭い地域社会や、かつて目撃した閉鎖的な利権構造の中に生きる人々を思い出します。
彼らの日常は、どこか思考停止した人間たちが支える、表向きだけは大盛況のイベントのようなものだ。
外側から見れば華やかに見えても、その実はいつ踏み抜くか分からない薄氷の上に浮いている。
他力本願のハリボテは、内側の歪みからいずれ自壊していくのが世の常だ。
そんなローカルでドメスティックな泥仕合のリングなど、今の私の活動スケールから見れば、完全に地平線の彼方に置き去りにされている。
走るステージが変われば、共に走る人間への目利きもまた、自ずと冷徹なプロの視点へと変わっていく。
現在進行中の映画や音楽のプロジェクトにおいて、長年信頼を積み重ねてきた核となるミュージシャンを世界基準の大舞台へ引き上げるのは、プロデューサーとしての私の役割であり大義だ。
しかし、その圧倒的なステージの重みや、そこへ招待されることの破格の価値を理解せず、ただ「やってもらって当たり前」という甘えの思考で付いてくる人間に、二度と世界行きの切符を渡す義理はないと最近は考えている。
リスペクトのない人間に、ロンドンも、パリも、ニューヨークも、そして十月のプロヴァンスの聖域も、用意される席は一席としてない。
本物のクリエイティブとは、私の放つ熱量を真に理解し、最高のプロ意識で打ち返してくる人間関係の中にしか生まれないからだ。
十月、南仏プロヴァンスの乾いた空気と独特の光の中で、一体どんな最高の音が紡がれるのだろうか。
雑音をすべて削ぎ落とし、純度を高めた最高のチームで、私はまた次の国境を越えていく。
誰に左右されることもなく、自らの戦略と佇まいだけで世界を動かしていく全能感。それだけを確かな燃料にして、私は今日も、その先にある誰も見たことのない景色に向かって走り続ける。
