🗽NY日記 vol.3
—モーニングコーヒーと、見知らぬ窓辺の祈り—
ニューヨークの朝は、なぜか音がしない。
車も人も動いているのに、空気が分厚くて、
まるで世界全体が、まだ目をこすっているみたいだ。
ホテルの部屋の小さなキッチンで、
コーヒーを淹れる。
アメリカの豆は、少し香りが荒っぽいけど、それがまた良い。
湯気が立ち上がる瞬間、
この街の空気と混ざって、
何か小さな“魔法”が起きているような気がした。
⸻
カップを手に、窓辺へ。
薄いカーテン越しに、光が揺れている。
斜め向かいのビル。
ひとつの窓が開いていた。
中で誰かが、両手を胸に当てて、祈るような姿をしていた。
宗教なのか、日課なのか、あるいは…別れの朝なのか。
わからないけれど、
私はその姿を“聖なるもの”として受け取った。
言葉のない祈りが、この街にはまだ残っている。
それが、ちょっとだけ嬉しかった。
⸻
この街は騒がしい。
でも、こんなふうに“静けさ”が潜んでいるから好きなんだと思う。
騒音の奥にある沈黙。
ネオンの裏にある影。
豪快な笑いのすぐあとに訪れる孤独。
それがこの街の呼吸だ。
⸻
コーヒーを飲み干したあと、
私はそっとカーテンを閉めた。
もうすぐ街が完全に目を覚ます。
その前に、
ほんのすこしだけ、
私も胸に手を当てて、
名前のない祈りをひとつ、空へと送った。