世界一安くて「我慢しない」永遠のダイエット法 | 猿の残日録

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いろんなことがあるが、人生短いから前だけを見たほうがいいですよ。江原啓之 今宵の格言

大昔、実家では、田舎なこともあり

変わった食材はお祭りしかなく

いつも似たような食事でした

 

インスタント麺を食べすぎない限り

太りませんでした

 

最近は、冷蔵庫で好きなものを

好きなだけいつでも食べて

3kg太ってます

 

大戸屋 クーポン締め切りで

最近よく行きます

 

 

やよい軒もうまかった

 

 

私が好きなのは

今のところ

野菜炒めと皮なしチキンステーキ

 

 

 

稲垣えみ子さん

東洋経済オンライン

を読んで、なるほど

同じものを食べ続けるのも

ダイエットには意味があると

知りました

 

 

世界一安くて「我慢しない」永遠のダイエット法
「食べたいが太りたくない」ジレンマからの脱出

稲垣 えみ子 : フリーランサー

 

 

以下、抜粋

 

 

世の経済を動かしているのは、主に以下の3つの欲望ではないかということに勝手に気づいたのであった。

その3つとは「食べたい」「痩せたい」そして、「一目置かれたい」

 

食べたいなら、食べる。食べたくないなら、食べない。それだけの話じゃないかと。食べたくないのに、食べる……って、どう考えても変じゃないかと。

 

この変なことがやめられないのがダイエッターなんである。お腹がいっぱいなのに、つまりは栄養としてはまったく食べる必要がないし、むしろ食べたらお腹が重くなったり気分が悪くなったりもする。それは十分わかっちゃいるのに、食べたい気持ちが抑えられない。

 

体じゃなくて「アタマ」とか「ココロ」が食べたがっているのだ。体はもう十分、と言っているのに、アタマとココロがまだまだ十分じゃない! と言っているのである。

 

いつの間にやら、私はそのジレンマから完全に抜け出している。今や我慢とは一切無縁。いつだって適量を食べて、心から満足して「ごちそうさま」と言える。もうちょっと食べたいなどと考えたこともない。

 

一体なぜ、いつ、こんなことになったのかを考えてみたわけです。

 

毎日同じものを食べているからなのではないだろうか?

来る日も来る日も一汁一菜、ご飯と味噌汁と漬物を延々と食べているからなのでは?

 

私の「食べること」への感覚が変わってきたのは明らかに、会社を辞めてそういう食生活を始めてからのことだ。一膳の玄米飯と味噌汁、漬物を食べ終えた時点で、何の迷いもなく「ああ美味しかった」「ごちそうさま」と、心の底から手を合わせて食事を終えることができるなんて、それ以前には決してなかったことだ。

 

何しろこの献立だと「もうちょっと食べたい」と思ったところで、ご飯をお代わりしたり、ぬか漬けを新たに切ったりする程度のことなのである。

つまりはおなじみの味には変わりないわけで、お腹がふくれるだけで、心がふくれるわけじゃない。面白くも何ともないんである。となると「これ以上食べても苦しいだけ」ということになり、まったく食指が動かない。

 

欲がおとなしくしていると、私ごときの凡人であれ、自然に体の声が聞こえてくるのだ。食べすぎないほうがおなかも頭も軽くてクリアで快適ということが否応なくわかってくる。かくして人生で初めて、なんの我慢も無理もなく「腹八分目」が常態化するという、現代におけるザ・ミラクルを現実のものにしたのである。

毎日違う「ごちそう」を食卓に並べていた時は、まったくそうはいかなかった。酢豚とか焼きソバとかパスタとかキムチ炒めとか南蛮漬けとか肉じゃがとか日々違うものを食べていたら、いつどの時点で自分は「満腹」なのか、さっぱりわからなかった。

今にして思えば、それは私の意志が弱かったとか欲が深かったとかそういうことじゃなかったのだ。食べているものが毎日違うんだから、比較対象がないので判断できないのは当たり前だったんである。

当時の私は明らかに、「満腹かどうか」より「美味しいかどうか」に圧倒的に心を奪われていて、「美味しい」となったら、やっぱり、どうしたって、どこまで食べたって、あと一口、食べたかった。なので結局は毎回、ぐっと我慢をして泣く泣く食べるのをやめることで、ようやく食事を終えることができたのである。

 

というわけで、冷蔵庫や広い台所を諦めざるをえなくなって始めた「貧しい食生活」により、私は永遠のマッチポンプ、現代における最も恐ろしい魔のサイクルから永久に抜け出すことにまんまと成功したのであります。

 

あれもこれもないと満足できないと思っていた自分が、案外、ほんのわずかなもので満足できるのだと知ること。それができて初めて、日々心から満足しながら、食べすぎとは無縁の人生を送ることができる。その時こそが、本当のダイエットに成功した日である。

 

あなたが「美味しい」と思っているのはもしかすると、単に目先の変わった、味の濃い、刺激的な料理なんじゃないだろうか? ああ美味しかった! でも明日も明後日も食べたいかと聞かれれば勘弁してヨと思うなんて、本当に好きなものと言えるのか? 

もちろん、そのような料理は、たまの楽しみにご馳走として食べるのは楽しいものだ。でも、日々そのようなものを食べてはすぐに飽きてしまうようでは、あなたの人生における安住の地は一体どこにあるのだろう? 人生の落ち着き、すなわち「これで十分」という心の平安はいつになったら得られるのだろうか?

 

毎日食べて飽きないものは、あなたの中にもちゃんとあるはずなのだ。きっと今はそれ以外のものに目を奪われまくっているせいで、単に気づく暇がないだけなのである。何しろ経験者が言うのだから間違いありません。

 

毎日食べて、心から満足できるもの。それは誰の中にもちゃんと存在しているはずで、すなわち誰だってダイエット地獄から卒業することができるのであります。