総務省 家計調査報告(家計収支編)
―平成26年(2014年)平均速報結果
世帯属性別の家計収支 より
高齢無職世帯(総世帯)の支出 23万円の内訳
1人世帯も2人以上世帯も含めた総世帯のようです
私的に、最も妥当に近い金額で、他は高すぎる気がします
例えば、高齢夫婦無職世帯になると、とたんに
268907円に跳ね上がります
2人だけのほうが高いのは、1人世帯を含まないからでしょう
年金も2人あるから、多少余裕があると私は見ます
世帯主が60歳以上の世帯は、働いている人もいれば
無職の人もいれば、その中間らしき人もいるその割合です
高齢無職世帯(総世帯)は、支出を20万円ほどで推移
これに税金が加わるようです 合計23万円
2014年の内訳グラフが以下です
総世帯ですから、単身の人も2人以上も含みます
これが、高齢夫婦無職世帯に限定すると
支出金額が跳ね上がります 収入が多いからでしょう
2014年 高齢単身無職世帯の支出はこうです
少ないのは高齢でもかなりなのか節約せざるを得ないのか
もう使わないのか、それはわかりませんが、少なく感じます
さて、本では、
高齢無職世帯(総世帯)のデータを使わず
高齢夫婦無職世帯のデータを使っておられました
金額が高いと私が感じるデータですが、都会ではこのくらいかも
知れません
33歳らしい、甘い甘い本ですが
資料は充分参考になります
身近に沢山見ている人達は、自己責任ではなく
ただ知らないだけ 無知なのです
色々な情報は人に聞くしか知る方法は無い場合が殆どです
沖縄では有り難いことに教えてくれる人がいます
それが、内地とのちがいかも知れません
例えば、今、年金を払えば、60過ぎから年金がもらえる時が
沖縄の場合、日本復帰の頃かあったそうです
日本軍のイメージからか払いたくないもらいたくない
という人もいたはず
今はとうに80過ぎ、まだ働けるが収入はそれだけです
では、幸せでないかというと、沖縄ではなぜか内地ほど
悲惨な話にはならない
家族も大変な状況で経済的には頼りにならないが
それでも、幸せそうにされてます
戦争が一番こわい と言ってました
独居(若い人) が一人アパートで死んでいるというのは何例も聞くが
これは、自分も含めて人にとやかく言われることではなく
気の毒と思われることがまちがいではないかと思う
一人世帯が多いので仕方がないことで不幸ではなく
自分がそうなってもそれは有りうることで気の毒と思われたくない
すさまじい老後格差 と表現されているが
老後でなくても格差はすさまじく、気づいていないだけ
人は生まれながらに格差を持って生まれている
それぞれ何か長所を持って
経済面だけ捉えたら、格差があるのは当り前
外見でも知力でも寿命を含めた宿命でも、
格差があるのは仕方ないし
それは格差というより、最初から決まっていることなので
逆らいようがない
年金だけで充分な生活を維持することはほぼ不可能
ということは、
年金自体が元々おそろしく長生きした人用に用意された制度なのに、
今、長生きが増えてもらうのが当たり前の制度
と思う時代になったから ということを忘れている
あるいは知らない その若さ
生活保護制度について
土地はなくても、家があるならば、まずはそれを活用してから
つまり築60年以上の家ならば、手放してからアパートに入れば
生活保護が利用できる
と思うだろうが、そうではなく
処分価値よりも活用価値が高い資産なので、保有が認められる
から、おそらく手放す必要はなく、生活保護が認められるそうだ
家はどちらでもよいが
あとは申請をするかどうかだけ
私はどちらでもかまわないと思う
死んでいい人間など一人もいない
それは正しい
周りの知恵に助けられて生きるのが、4割以上の無知な人の
生きる方法なのです 私はそう思う 私自身がそうだから
知らないことは一杯あるから、知っている人に聞くだけ
教えを乞うしか生きる道は無い
それをしないで生きるのはムリ
下流老人を救済することは税金のムダ?
私は今の施策は老人優位の施策が多いと思う
若年者が少ないことをいいことに老人のやりたい放題
将来の若者に何が残されるか 大きな負債(=借金)
いまの生活保護基準は高すぎる と私は思う
それがわからないのは、若いからだ
制度に問題があるのはわかる 使い切らなければいけない
貯金はいけないらしい どうなるんだ どう使い切るんだ
貧困に至ったのは自己責任 だから生活保護を受給するのは甘え
という議論について
じっと見てみると良い
どこに贅沢があったのか
それをせずに生活保護を受けるのは間違い と私は思う
どこにも贅沢が無く、仕方がなければ堂々と受ければ良い
そういう人の割合がとても少ないであろうことは想像に難くない
困っている者はみな一様に救うべき者なのだ
と言われるが、貧困はいけないことではない 罪でもない
不幸せでもない
まわりを見たら、自分の贅沢が見えてくるはず
それでも困っているというのなら、助けを求めたらよい
きっと助けてくれるはず
世の中は助け合いで成り立っているのだから
家賃の低い地方へ引っ越せばいいではないか という声
著者は多くの高齢者にとって非現実的な話という
リスクが伴う 何を甘いことを言っているのか
生きることはそれほど甘いことではない
と私は思う
年金のほとんどが家賃に消える という声
私は、ボロいアパートを20頃からいくつも見てきた
そこに住めば家賃は安い それができないだけ
立地的に、あるいはもうそういうボロアパートはないかも知れない
田舎にはある 人が放置した家がある
それが便利とは思わないが、どちらを取るかだけである
多くの人が、不便であっても田舎に住んでいる
そしてその不便たるやおそろしいほどであるが
それでも高齢者だけで住んでいる
そして、その医療レベルで生活している
つらいに決まっている
社会保障を受けることは権利である と著者は言う
その人数たるやすさまじいことを、大阪出身の人は言うが
私も負い目を感じる必要はないとは思うが、その原因にもよる
下流老人を生み出すのは国であり、社会システムであるという著者
他人依存が過ぎるとこういう考えになる
自分がその立場になったらわかるという人もいるが
その立場になるのは、何も情報を得ようとしなくて楽をしていたから
なのだが、あるいは単に無知だったのだが、それを知らない
無知は恥ではない 貧困も恥ではない
たまたまそうなのであって、足りないものは人が補ってくれるから
人に頼るべきである
私は、そう思って生きてきた
現在の若者の多くは下流老人と化す 非正規雇用、少子化
その社会的解決策を模索するべき時代として、提案が少し
されている
現状、復興支援がそれ以外で使われてしまうのに
税金を新設してもどういう使われ方をされるかまで規定しないと
難しく、沖縄の身内から見たらたいした悲惨な状況でもない例をあげて
大変だと言っている その内容に若さを感じます