住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち
川口マーン恵美 2013年発行
日本人の欠点は、論理性の欠如
思考の過程よりも実務の結果に重点を置く
計算式よりも解答
日本人の手に掛かれば多くのことが完璧に機能するが
その議論は禅問答のようにわかりにくい
日本人のもう1つの欠点は、広報活動の稚拙さ
日本は、実態の方がイメージよりも良い唯一の国
ドイツの電気代は、家庭用も大型消費用も、フランスのほぼ2倍
家庭用電気料金で見ると、ドイツより高いのは、EUではデンマークだけ
再生可能エネルギーに支払われている助成金が大きな理由
しかも、電気を大量消費している大企業は、その負担を免除
あるいは、軽減されている(年間1ギガワット以上使うと9割引
10ギガワットだとほぼ免除)
大企業の国際競争力がなくなると困るからだが、助成金が一般家庭と
中小企業の負担になっているという事実が、国民の間に不公平感を増長させている
2012年の一般家庭の電気代には、
1キロワットあたり3.59セントの助成金が乗っており、
それが2013年は5.3セントになった
ほぼ50%増しだ
平均的な4人家族の家庭では、2013年の助成金負担の合計は
185ユーロ+19%の消費税で
2013年現在の為替レートだと、2万数千円、そのうち値上げ分が
60ユーロ+消費税で、8000円ほどだそうだ
洋上風力発電の最大の障害は、ドイツ人が自分で作っているともいえる
というのも、景観を損ねないために、風車を岸から見えないところに建てようとしているのだ
ヨーロッパ全体では原発建設ブームのようだ
とくに、東欧諸国とロシアが原発建設に熱心
天然ガスは西ヨーロッパに高く売れるので、自国で消費するのはバカバカしいと考えている
そこで、自分たちの電気は原発で賄おうとしているわけだ
一方、東欧の国々は、エネルギーについてロシアに首根っこを押さえられたくないから
原発を建てようとする
さらに、そのうちドイツで電力が不足したら、原発で発電した電気を売っていく腹づもりだろう
これだけの犠牲を払って完全脱原発と再生可能エネルギーの推進を貫徹しようとしているドイツが
将来、原発の国に囲まれてしまうというのは、何だかとても悲しい図に思えて仕方がない
ドイツでは、どんな零細企業でも、病休と有休がごちゃ混ぜになることはない
具合が悪くて休みたいときは、電話1本でOKだ
そのまま最低2日(会社によっては3日)は休める
ただし、それ以上休まなければいけない場合は、医者の証明が必要になる
というわけで、有休を1日でも病気のために犠牲にするドイツ人はいない
有休は年間約30日あるので、土日を足すと、合計6週間休めることになる
医者も夏にたいてい2~3週間はいなくなるが、知らずに電話をすると
留守電が緊急時の代行の医者を教えてくれる
つまり、ドイツでは、常に誰かが休暇中なので、それを前提とした代行システムが
できあがっているのだ
日本の会社の有休は、いざというときに理由を明らかにしなくても休むことのできる
予備の休日、といった感じらしい
ドイツの労働時間は短く、給料は高い
つまり、生産性が高い
これは素晴らしいことのように聞こえるだろう
しかし、労働時間が短く、給料が高いからこそ、雇用者側は人員削減に
全力を注ぐのだ
よってリストラも失業も増え、結果的に就労者1人当たりの仕事量が
じりじりと増える
しかも、ドイツ人は何が何でも時間内にこなそうとするから、ストレスが高まってしまう
会社員は年間6週間の休暇を有するが、それでもストレスは解消できない
彼らは、お風呂に浸かって、その日の疲れを癒すような術も持たない
いまは亡き東ドイツは、合理化とはまるで対極の社会だった
西なら1人でする仕事を、3人ぐらいで呑気にやっていたから、燃え尽き症候群に
罹る人はいなかったが、その代わり、国は破綻していた
合理化は重要な課題だが、度が過ぎるとろくなことはない
さじ加減は難しいのだ
EUの理念とは、平たくいえば、{人}{金}{物}{サービス}
の自由な往来である
それは着々と実行に移され、2007年には、ルーマニア、ブルガリアといった
恐ろしく貧しい国が加わり、加盟国は27ヵ国に膨れ上がった
EUには、既存の加盟国は、新しい加盟国に対して労働市場をすぐに開放しなくてもいい
という規則がある
最高7年間、市場を保護することができるわけだ
つまり、2014年には7年の満期が過ぎて、その2ヵ国がEUの労働市場に加わることになる
2020年のドイツの人口は、これらの国々からの移住者で約120万人増えているだろうという
120万人という数字で済めば、いいほうかもしれない
現在、看護師の平均月収は、ユーロに換算すると、
税込でポーランドが580ユーロ
チェコが1000ユーロで、ドイツは2050ユーロだ
ポーランドに行ったことがあるのでよくわかるが、彼の地では、ホテルも、レストランも
その他のものも、申し訳ないほど安かった
これだけ経済力の違う国のあいだで、「人」「金」「物」「サービス」の自由な往来を
行うのは、かなり無理がある
東欧の人々が賃金の高い国に引っ越そうかという気になるのは自明の理だ
そんなわけで、2004年にイギリスの市場が開放されたときには、年間60万人の
ポーランド人が職を求めてイギリスに引っ越してしまった
とくに多くの医者が流出し、それ以来、ポーランドは医者不足で悩んでいる
医療機関の空洞化は、チェコも同じだという
しかし、ドイツ人がいちばん恐れているのは、医者の流入ではない
それどころか、医者や看護師といった専門職の人々が入ってくるなら
ちょうどドイツで人材が不足している分野なので、それほどの不都合はない
困るのは、単純労働者が大量に流入して、最低賃金を押し下げることだ
そして、賃金崩壊に伴う失業の増加である
より安い賃金で働く用意のある人たちがいれば、いままでその職に携わっていた
労働者に残された道は、自分たちも安い賃金で働くか、失業するかのどちらかしかない
いくら法律で最低賃金を定めても、買い手市場になれば、労働力は当然、何らかの方法で
買い叩かれる
雇用者側は経費が下がってホクホク顔かもしれないが、失業者の増加は社会保障費の金庫を
圧迫するので、国民経済の見地からすれば絶対にマイナスとなる
設備投資も疎かになるだろうし、労働条件の改善などどこ吹く風
社会不安も増すだろう
実は、ドイツはすでにこれと同じ問題を経験している
いや、未だに抱えているといったほうが正確だろう
出稼ぎ労働者の問題だ
ドイツと日本は、戦後の何もないところから世界有数の経済大国にのしあがった点は
大変よく似ているが、その過程に1つ、決定的な違いがあった
日本がワーカーホリック(働き中毒)などと悪口を叩かれつつ、
自分たちで必死に働いて奇跡の復興を成し遂げたのに比べて
ドイツは人手不足が始まった早い段階で外国人労働者を導入した点だ
1955年12月、ドイツはイタリア政府と労働者受け入れの協定を結んだ
1960年にはギリシャとスペインがそれに加わり、1961年にトルコ
1963年にモロッコ、1964年にポルトガル、1965年にチュニジア
そして、1968年に旧ユーゴスラビアと続く
当時、経済復興は国家の最大目的で、そのためには世界市場で競争力のある製品を
作らなくてはいけなかった
企業は当然、安い労働力を求め、政府は企業のその欲求を叶えることを最優先にした
そして、このときにドイツに入ってきた労働者は、技術を持たない単純労働者だった
しかも、相手国の希望もあって、もっとも貧しい地域から、労働者が導入された
ドイツ語はもちろん、母国語も読めない人たちも多かった
こうして1970年代、出稼ぎ労働者の数は300万人に迫ることになる
しかし、折しもその時代にドイツの経済成長は止まり、失業者が溢れるようになった
職がなくなれば帰るだろうとドイツ人たちが思っていた外国人労働者は
自国に帰ろうとはしなかった
とくに帰ろうとしなかったのは、いちばん貧しい地域から来た労働者、彼らには
祖国に帰ればもっと惨めな生活が待っていることが、わかっていたのだ
多くの外国人労働者は祖国に子供を置いてきていたが、困り切ったドイツ政府は
苦肉の策として、祖国にいる子供たちに支払っていた手当を減額した
しかしそれは結果として、その子供たちをドイツに呼び寄せることに繋がってしまう
結局、社会保障費を補填してくれるはずだった外国人労働者は、多くのケースで
それを食い潰す存在になった
今日、ドイツにいる多くの外国人は、すでに当時の出稼ぎ労働者の3世だ
数がいちばん多いトルコ系が301万人、ドイツで低賃金の仕事は外国人のものと
相場が決まっている
たとえば、ゴミの収集人にドイツ人はいない
20年前にもいなかった
ドイツ人は、失業していても、生活保護をもらっていても、ゴミの収集人にはならない
工事現場の肉体労働者にもならないし、農村の季節労働者にもならない
ところが日本では、事情が違った
経済成長の真っ盛り、安い労働力として使える外国人がいなかったからこそ
どんな仕事でも日本人が行うしかなかった
貴重な労働力となる中卒は「金の卵」と呼ばれ、いざ就職が決まると企業が素晴らしい寮を
提供して、夜間高校へ通わせ、皆で育てた
使い捨ての外国人相手なら、こんなことはしなかっただろう
そして、石油ショック後、ドイツ企業が設備投資をせずに、安い賃金でも働いてくれる
字の読めない外国人をベルトコンベアに張りつけて、延々と非人間的な仕事をさせていたころ
日本では、単純作業をいかに知的な責任のある任務に変えようかという努力がなされていた
それにより、労働効率は飛躍的に伸び、そのノウハウは後年、「カイゼン」という言葉とともに
世界中に広がっていったのだ
ドイツでは、2012年の段階で、すでに42万人弱のポーランド人が国内で働いている
そのうちポーランド人女性の2割は、低賃金かつ重労働といわれる介護の仕事に従事している
介護の世界には東欧の女性が多い
これからさらに大量のポーランド人、あるいはチェコ人がやってくれば、
この分野で働こうとするドイツ人はあっという間にいなくなるだろう
こうして、ドイツ人が就くことのない職業が1つ増え、労働条件は改善されないままになる
結果、ドイツ人の失業者がさらに増えるだろう
ドイツは、過去の失敗をもう一度繰り返そうとしているのだ
日本に帰ると、元気そうなお年寄りが、スーパーの駐車場の前で車の誘導をしている姿をよく見る
リタイア後のアルバイトだろうが、ドイツなら絶対にドイツ人のしない仕事だ
こういった仕事を日本人がしているという事実が、どんなに素晴らしいことかを
日本人はもっと自覚すべきだ
そのうえ日本の労働現場は、幸いなことに、合理化だけには縛られていない
ホームに立って乗客の安全を確認する駅員とか、駐車場へ出入りする車の交通整理をする係員とか
工事現場の横で歩行者が安全に通れるよう誘導する人など、ドイツ人が聞いたらびっくりするような仕事も多い
ドイツなら、こういう職は経費のせいで絶対に消えているはずだ
また日本は労組の対立も緩い
もちろん、派遣社員やパートなど、労働条件を改善すべき職種も多いのだろうが、
少しくらいお給料が安くても、なるべくたくさんの人が働ける日本の社会のほうが
私は良いと思う
ただし、外国人労働者は、日本でもこれからどんどん増えていくことになるだろう
移民や外国人労働力の導入は国の活力にもなるが、それは双方に長期的な利益があってのことだ
単に賃金が安いからという近視眼的な理由で、安易に外国人を入れ続けると、いずれ労働市場は破綻する
また、外国人労働者側の不平等感が募り、社会不安をも招く可能性は高い
ドイツは反面教師になるはずである
日本はドイツと違って、EUというしがらみがない
もっと独自に、計画的に、冷静に、外国人政策を考えるべきだろう
それが、日本のためにも、そして、相手国のためにもなるのだから
サービスが皆無のドイツ鉄道で
忘れることのできない車内放送
車内は60度ーーー技術大国の大嘘
10分遅れがピッタリ定刻
日本の電車のレベルが高い理由
オンラインで買った切符の罠
葡萄のカビに気付かなかったわけ
そもそもドイツ人とは、便利さに背を向ける国民だ
以前、車の窓の開閉が電動式になったとき、知り合いのドイツ人は言った
「私は、グルグル廻すほうが良い」
便利を目の敵にするところが、なぜかドイツ人にはある
ドイツには閉店時間法というのがある
1956年にできた法律で、それによると、飲食店とガソリンスタンドなどを
除いたすべての店は、平日は夕方午後6時半、土曜日は午後2時で閉店し
日曜と祝日は終日店を開けてはならなかった
例外は第一土曜日とクリスマス前の4回の土曜日で、午後6時までの営業が許されていた
それにしても、不便このうえない法律だった
働いている人は、ほとんど買い物をする暇がない
美容院に行くこともできない
だから、土曜日のデパートや市場は、ぞっとするほど殺気立っていた
しかし、この恐るべき法律が、奇跡の経済成長期もなんのその、40年近くも
頑迷に続いたのが、ドイツという国なのだ
その後、閉店時間法は少しずつ少しずつ緩み始めて、ついに2006年、各州に委ねられることになった
そんなわけで、たとえば私の住むバーデン・ヴュルテンブルク州では、今日では24時間営業が認められている
ただ、認められたからといって、24時間営業の店があると思うと大間違いだ
私の知る限り1軒もない
街の真んなかのスーパーで、いちばん遅くまで開いている店でも、午後8時から午前零時まで
それでもたいていの人が、なぜ夜中までスーパーを開けなければいけないのかと、訝しく思っている
しかも、日曜と祝日は、年4回程度の例外を除き、いまでも終日すべての店を閉めなければいけない
聖なる休息日なのだ
これがどんなに不便かということは、住んでみないとわからない
日本では、日曜と祝日にすべての店が閉まっているという事態はまずない
いまやどんな田舎にでも24時間営業しているコンビニがあるし、大都市の繁華街ともなれば
食料や生活雑貨から洋服や香水のような嗜好品、果てはペットまで売っているような店が、年中無休で24時間営業している
ユーロ硬貨は、表は共通だが、裏のデザインは鋳造する国に託されている
たとえばドイツで鋳造された1ユーロ硬貨の裏はドイツ国の象徴である鷲のデザイン
フランスは様式化された木、オーストリアはモーツァルト、イタリアはレオナルド・ダ・ヴィンチ
の有名な人体図という具合だ
スペインやオランダのように国王や女王の肖像を採用している国もある
面白いのは、バチカン、モナコ、サンマリノの3ヵ国が自国でユーロ硬貨を鋳造していることだ
EUの加盟国ではないが、いずれも例外的にユーロを通貨として使用している
あらゆる1ユーロ硬貨でもっとも人気のあるのが、法王の肖像がデザインされたバチカンのものだという
1989年にベルリンの壁が崩されたあとでさえ、当時のヨーロッパでは、東西ドイツの統一に賛意を表す国は皆無だった
ドイツ経済は強く、マルクはスイスフランと並んで安定した通貨だった
その経済大国ドイツが、統一によってさらに政治的にも力を増すことを各国は嫌った
とくにフランスは、フランが不安定だったこともあり、経済的にはドイツに支配されているような状態だった
「我々は原爆を持っているが、ドイツはマルクを持っている」と、常に歯軋りをしていたのだ
ミッテラン大統領は、ドイツが統一を望むなら、強力な生贄を差し出すべきだと考え
ユーロ導入を強力に促進した
その結果、ドイツは統一の代償としてマルクを手放したというのがあらすじだ
もちろん、当時の関係者は、それを否定している
真相はわからないが、ユーロはその後、フランスだけでなく、すべてのユーロ国にさまざまな
恩恵をもたらした
もともと、EU内での交易は盛んだったが、ユーロ導入後、両替にまつわる手数料がなくなり
何よりも、為替の変動がなくなったことが市場を安定させ、さらに発展させた
それまでは、為替変動のリスクをカバーするため膨大な保険金がかけられていたが
それも必要がなくなった
利益を享受したという点では、もちろんドイツとて例外ではない
いまでは、ドイツは輸出の80%をユーロ建てで処理している
たとえユーロ導入でマルクを犠牲にしたのだったとしても、輸出大国ドイツにとって
この選択は、たしかにサクセス・ストーリーの始まりだった
マルクより安く評価されるユーロを使えば、自国製品がどんどん売れたからだ
ところが、周知のごとく、そのユーロが揺らいでいる
ギリシャは何度も破綻の瀬戸際に立ち、EU27ヵ国が、こぞって底なし沼に
引っ張り込まれそうな不気味さだ
2011年12月30日、1ユーロがついに100円を割り込んだのは、衝撃的だった
ギリシャが破綻するとどうなるかというと、おそらく次のようなシナリオになる
まず、誰もギリシャにお金を貸したり、ギリシャの国債を買ったりしなくなるため
ギリシャは税収だけでやっていかざるを得なくなるが、もちろん足りるはずがない
税収だけでは足りないからこそ、ここまで借金まみれになったのだ
その結果、国は公務員の給料や社会保障費を払えなくなる
それに加えて、大幅な増税が試みられ、国民生活は著しく圧迫されるだろう
また、ギリシャが破綻したら、国債を持っている国民は、その額面のほとんど、あるいは
全部を失う
国債を買っているのは個人だけではない
ギリシャの銀行は、少なくとも150億ユーロのギリシャ国債を持っているといわれている
これが戻って来ないとなると、生き残れる銀行は少ない
銀行が危ないという噂が立つと、預金者は銀行に殺到する
預金者の20%から30%が預金を引き出せば、たとえ健全な銀行でも倒産する
ギリシャの全銀行は、なし崩し的に機能不全に陥るだろう
金融が機能しなくなると、企業への融資が滞り、多くが倒産する
すると失業者が増え、税収はさらに減る
貧しくなった国民は購買力がないので、景気はますます落ち込む
そう、絶望的な悪循環だ
まさにこれが、2001年から2002年にかけてアルゼンチンで起こった
これまで起こった「倒産」のうち最大のものだ
国債が紙切れとなり、多くの人が職を失い、国民の半分が貧民となった
EU諸国が、どうにかしてギリシャを救済しようとしている理由は
ギリシャを第二にアルゼンチンにしないためだ
もしもギリシャが破綻すれば、投資家は怖じ気づき、ポルトガル、スペインなど
他の経済的に不安定な国々への投資も控える
すると、それらの国でもお金が尽き、早晩ギリシャの後を追うことになる
つまり、ギリシャの破綻は、EU全体に野火のように伝染していく可能性が大なのだ
そうなったら、財政の手動がアメリカや国際通貨基金(IMF)の手に移り、
年金のカットや増税など、凄まじい改革がいやおうなく行われる
しかも、お金を出す者は口も出す
つまり、政治に関しても、EUは決定権を100%保持することが難しくなる
そうするうちに、一流企業がアメリカや中国の投資家の手に落ちる・・・
まさに想像したくないシナリオだ
それにしても納得できないのは、ギリシャをはじめとする財政破綻国の、ドイツ、それも
メルケル首相に対する憎悪である
メルケル氏にナチの制服を着せたカリカチュアがギリシャの雑誌に出回っていたが
逆恨みとはこのことだ
緊縮財政を求めているのは、別にメルケル首相だけではないし、ましてや、彼女が自分の権力を見せつけようと思ってやっているわけでもない
借金国の言い分は、平たく言えば、「借金の後始末は全体責任としてドイツが負担、
財政管理や予算の主権は各国が保持」ということ
皆でドイツを悪役にしている様子は、ハリウッド映画とよく似ている
こうなると、ユーロ圏を抜けたいのは、ドイツのほうだ
彼らが借金国になってしまった原因は、ドイツではなく彼ら自身にある
2010年7月、ギリシャは1829年の建国以来、初めて公務員の人数を数えた
その結果、どうも勤労者の4人に1人が公務員らしいことがわかった
公務員職は、何かのお礼にもらえたり、世襲であったり、また、お金で買えたりするらしい
それにしても信じがたいのは、この調査をするまで、ギリシャという国が、全就労者の25%
という莫大な比率の公務員に、どれだけの給料を支払っているのかを誰も知らなかったという事実だ
さらにいえば、この国では、賄賂なしには何も進まない
自動車免許も手術の日程も、すべて袖の下次第という絶望的な国家体質になっている
しかも、税金は頭の悪いものが払うものと皆が思っているのだから、これでは破綻するのも無理はない
たいていの店で領収書をくれないのは、消費税などの税金を払っていないからだ
一部の大金持ちは、脱税したお金を外国の銀行に蓄えている
政治家もお金持ちの仲間なので、肝心要の構造改革には極めて消極的
そして、破綻しそうになっているこの国の人々が何をしていたかというと
大がかりなデモに明け暮れていた
「年金カット反対」「税制改革反対」だ
しかし、他の国だってお金が余っているわけではない
一生懸命働き、税金を払っている国の人間を憎むのはお門違いである
ユーロ共同債にしてもそうだ
ギリシャだけでなく、フランスもイタリアも、あたかもドイツがEUの共通の利益を妨害しているような責め立て方をするが、とんでもない
ドイツの国債は、現在、利子がなくとも買い手が付くのだ
ところが、ギリシャはもちろん、スペインもイタリアもフランスも、高い利子を付けてもなかなか国債が売れない
ユーロ共同債が実現すれば、またまた大損するのはドイツやオランダやフィンランドといった国々だ
他の国は濡れ手に粟の臨時収入を得ることになる
ドイツがこれまで何もしていないなら、ユーロ共同債という援助の方法もあるだろう
しかし、ドイツはすでにとてつもない額を拠出している
だから、ユーロ共同債の話はEUの財政規律をちゃんと定めてからにしましょう、と提案しているだけなのに
それをまた責められるとは、なんとも不公平な話である
緊縮財政だけではギリシャを救えないというのは当たり前だが、さんざん我慢を強いられているドイツ国民に対し、メルケル首相が「救済だけでなく融資も」などといえばどうなるか
そうでなくても切れかけている堪忍袋の緒があっという間に切れてしまうだろう
ドイツ国民は、この状況にほとほと嫌気がさしている
国民投票で決めたなら、ギリシャはとっくの昔に破産しているだろう
近年では無力感が先に立つらしく、議論好きのドイツ人がギリシャをあまり話題にしたがらないほどだ
ヨーロッパを1つにしようという意気込みで始まったEUは、いまや仲たがいの原因と化し
各国が自国の利益を守ろうと躍起だ
しかも、EUの経済状態は確実に悪化している
そうするうちに、次第に反EUの機運が高まって来ている
こともあろうに、EUがヨーロッパをばらばらにするかもしれない
こんな皮肉な展開を、いったい20年前には、誰が想像しただろうか
しかも、EUの混迷は、さらに広がっていく
2013年2月、イタリアで総選挙が行われた
イタリアは素晴らしい国だ
お料理は美味しく、ワインも美味しく、絵画も音楽も一流で、海あり山あり、風光明媚
そのうえサッカーは強く、お天気も素晴らしい
ゲーテの時代より現在まで、ドイツ人のイタリアへの憧れは強い
ところが、その素晴らしいイタリアの、政治だけは壊滅的だ
それにしても、イタリアはどうなるのだろう
イタリアにも時間がないのだ
すでに非常ベルは鳴っている だから株価も下がっている
よくわからないのは、これだけEUにガタがきているというのに、日本では
TPPに参加しようと旗を振っている人がたくさんいることだ
EUというのは、加盟国間での「人」「金」「物」「サービス」の自由な移動をめざすシステム
であり、TPPは共通の通貨は持たないものの、「人」「物」「サービス」の自由な流通という
理念は、EUと原則的にはとても似ている
方向は同じだ
困窮するEUの国に住む私としては、EUとTPPがまったく異なるものだとは決して思えない
TPPの不都合な部分は「交渉で解決すれば良い」という主張もよく耳にするが
日本がアメリカを相手に交渉で利を得ることができるなら、何も苦労はしない
日本は交渉に極めて弱いからこそ、これまでも色々な国を相手に、政治でも、経済でも
国連でも、オリンピック委員会でも、とにかくさまざまな国際部隊の交渉の場で、悔しい思いを
してきたのではないか
その交渉が、いまになって、突然うまくできるというのは、考えが甘い
TPP交渉の参加国のなかに、日本と利害を共有する国はない
国情の似ている国すらない
だから、具体的な共通の利害が見えない
それでも、いったん加盟してしまえば、多数決で相手の都合の良いように物事が決められても
文句は言えない
価値観の違うところでは、市場原理が優先する
その結果、日本が長いあいだ培ってきたやり方が、ことごとく、非合理であるとして否定される可能性がある
そうなると、取り返しがつかないのではないか
しかも、そのうち、日本語は非関税障壁なので、英語を公用語に入れろ、などとも言われかねない
日本人はそれでもいいのだろうか
EUのなかのドイツが、それに似た状況にある
ドイツの財力を利用しようとする国は多い
辛辣にいえば、ドイツから搾り取れるだけ取ってやれと思っている国は、少なくない
現在、ギリシャとスペインは、25才未満の若者の失業率が、それぞれ60%、50%を超えている
ポルトガルとイタリアは、若者の40%が失業者だ
一方、ドイツの若年失業率は、10%を超えない
失業率全体を見ても、コンスタントに6%から7%代を保っている
だから、失業者の多い南欧からも、そして、同じ悪循環に陥っている東欧からも、多くの人々が
職を求めてドイツへやって来る
それどころか、ヨーロッパの最貧国ルーマニアやブルガリアからも、続々と人が入って来る
これらの国がEUである理由自体が、私にはよくわからないが、しかし、それが現実なのだ
人の移動がプラスに働くためには、前提が整わなければいけないのだ
いまのEUの状態は、前提が整備されているとは思えない
多くの国の人々は、ドイツへ行けば木にお金が成っていると思っている
そして、もっとも困ったことは、EUという機構が、この悪状況を解消する機能を備えていない
という厳然たる事実だ
EU経済の手綱を握る主要人物を眺めてみると、EUのジョゼ・マヌエル・ドゥラン・バローゾ委員長はポルトガル人、欧州中央銀行のマリオ・ドラギ総裁はイタリア人、IMFのクリスティーヌ・ラガルド専務理事はフランス人と、皆、財政破綻の南欧組の面々だ
彼らにとって、ヨーロッパを救うということは、すなわち自分たちを救うこと
そのためには、ドイツにお金を出させようというところでは、意見は一致する
そして、彼らが一丸となれば、ドイツに反論のチャンスはほとんどない
ドイツのEU内での形勢は、恒常的に悪い
TPPに参加すれば、日本はまさにドイツと同じ立場に追いやられそうに思えてならない
ドイツも日本も、「永遠の加害者」で、たくさんお金を出しても、たいして感謝されていないところもとてもよく似ている
しかし、それでも、「きっと大丈夫」と、日本人は思っている
EU内で苦境に立たされているドイツ人が大丈夫と思っているように、なんとなく大丈夫と思ってしまっているのだ
だが私には、日本もドイツも、少しも大丈夫には見えない
もちろん、両国ともいまは平和であり、まだまだ豊かだ
しかし、これからもその平和と豊かさを保っていくのは、並大抵のことではないだろう
いまEUは、経済力やメンタリティーの違う国々が統合するとどうなるかという例を
如実に示してくれている
そして、抜け出したくても、EUには脱退する決まりも、脱退させる決まりも、しかとは定められていない
日本は、辞めることのできない共同体に入ってはいけないのではないか
いまこそ日本は、ヨーロッパでのドイツの動きを注視しておいたほうがいい
今後、アジアで日本がどう行動すれば良いか、そのヒントが見えてくるはずだ