日曜日に父母に会いました
おじさんおばさんの葬式以来なので、
1年は経っていないが
久しぶりだなと言われて、
自分ではそんなつもりはなかったが
母親は元気でも、父親の身体を気づかい
出かけたがらない
父親は急に沖縄に関心を持ったようだが
身体がえらくてあきらめている
それでもなぜまったく無関心だったのが
急に関心を持ったのか、今も不明
母方の従姉妹の急逝を知り
ショックでした
父親の場合、旅行をするのは
命がけの気持ちがないとできないが
そこまでする価値が沖縄に無いのだろう
慣れた病院を離れて旅行ができない
車イスで連れて来ることはできても
元気な母親はそれを希望しない
三田誠広さんの本を読んでました
釈迦と維摩
久遠仏という考え方
仏国土
高杉晋作の三千世界の烏を殺し主と朝寝がしてみたい
は知っていたけれど、三千世界という言葉が
何度も出てくる本を読んだのは初めてでした
仏教について、大変勉強になりました
僕って何
芥川賞受賞ということで読んでみました
一息に読める面白さですが
ゆっくり中断しながら読んでます
青臭い青春物ですが懐かしい時代
中年って何 という本も一緒に借りてきて
沖縄に持ってこなかったのでまだ読んでませんが
これも面白そうで、期待してます
夫・遠藤周作を語る 遠藤順子
本の帯に、死は終わりではない とあります
2000年の出版
内容がとても興味があり
買って10年以上たってようやく
暇にあかせて読み始めたのですが
自分の時期的にとても合っていて
少しずつ読んでます
例えば こんなところに
とても共感を感じます
主人は、兄が翌日に手術を受けると信じて
いましたから、亡くなるなんて思いもかけなかった
のです。たいへんなショックで、
「俺は孤児になった、孤児になった」って
うちの息子が聞いて、「女房や子供がいるのに
孤児ってあるかね」って(笑)
でも、主人の気持ちはよくわかりました
兄は静脈瘤破裂で亡くなったんです
それで主人は死がすっかり怖くなって
極端に死を恐れた時期がありました
私が「死ぬのなんて、そんなに怖くないわ」
と言うと、「それはお前の無知と鈍感のなせる業だ」
とよく申しておりました
主人がこんなに死を怖がるんだったら
私が先に、しかも従容と死につけば、死が怖くない
ということを主人に証明できるだろう
そうしなければ主人はとても安らかに死ねまい
とその時分よく思っておりました
結局、順序はアベコベになってしまったけれど
主人がああいう死に方をしてくれたおかげで
私はますます「無知と鈍感のなせる業」だけじゃなく
自身の経験からも、死は怖くないという強い確信を
持てるようになりました
本は面白いです 大切に、少しずつ読んでます
沖縄に着いて、のんびりするところだなと
思います
尾張旭の維摩池 ゆいまいけ と思っていたら
いまいけ と読むそうです
釈迦と維摩 で、維摩について知ったばかり
だったので、ちょっとびっくりでした
どう省略したら いまいけ になるのか
名鉄 尾張旭駅から、1kmも離れていないのに
住宅はまばらなところから密集地まで
アンバランスですが、どこもとても田舎
車が無いと、生活できないのではと思うほど
そういう内地を見てきて、沖縄の風景を
見ると、沖縄でも場所によって印象が
かなり違うはずですが
北陸みたいだったり (東海岸)
スペインみたいだったり (アメリカ村)
私が今夜見た沖縄は、モダンで
似た家の連続ではなく、見飽きない家が
続いてました (たまたまでしょうけど)
家は時代時代で大きく変わり
その時で止まっていますが
沖縄の今夜見た地区は、見ていて楽しい
家なんてどれも同じだよと言ってた人に
見せてあげたい
こんなに1軒1軒違うよ とね
人の家だから、どうでもいいんですけど
見ていても楽しいのです
町並みというのも大切です
明日から何しようかな
2~5日まで未定です
6~10日も離島に行くというだけで
具志堅用高の記念館を再訪したい
くらい 食事して帰って来るだけに
なりそうです