組の者と見られる男たちが6、7人、拳銃を手に走り回り、銃撃戦を繰り広げていた。
銃口が一瞬ごとに閃光となり、乱れた足音が砂埃を立てながら消えていく。
弾丸が土埃を上げるたび、俺の鼓膜が痺れる。
逃げ惑う男たちを追う銃撃手が、突然こちらの存在に気付いた。
「やばい!」
俺が叫んだ瞬間、隣の女性が爪先で砂利を蹴る。
男たちの影が蟻地獄のようにこちらへ伸びてくる。
並走してきた男の拳銃がこちらに向けられた瞬間、俺は体を硬直させた。
しゃがむか?止まるか?意識が閃くより先に、足が止まった。
標的を失いバランスを崩した男は滑稽なほど大きくのけ反り、転がる小石の上で不格好に崩れた。
俺たちはその隙を逃さず、絶体絶命のの危機から逃れ、何とかあの原っぱから身を隠すことに成功した。
工場の薄暗い休憩室で、俺は隣に座る女性、美咲に話しかけた。
「映画みたいだったな、マジで」
美咲は苦笑いを浮かべた。
「本当にね。こんな危険な仕事だなんて聞いてなかったわよ」今回の仕事はある荷物を指定された場所に運ぶだけのはずだった。
報酬は成功報酬で、事前に説明された金額は決して安くなかった。
だが、まさか組同士の抗争に巻き込まれるとは思ってもみなかった。

机の上に無造作に置かれた、税金のかからない三百万円の札束を前に、俺は美咲に向かって話しかけた。
「他の奴らはどうしてるかな?報酬は貰えたのか?」美咲は首を横に振った。
「アケミさんは今回参加してないわ。
確か、お金に困ってたはずなのに」
アケミは確か、シングルマザーだったはずだ。
心配になった俺は彼女がどれくらい貯金があるか、美咲に尋ねた。
「七万円くらいはあるみたいよ。まあ、何とかなるんじゃない?」
美咲の言葉に少し安心したものの、胸騒ぎは消えなかった。
その時、部屋に別の女性が現れた。
化粧の濃い、いかにもやり手の女性だ。
「ご苦労様。マージンを頂くわ」
マージン、つまりピンハネだ。
組の取り分ということだろう。
「美咲、ちょっと待っててくれ」
俺は女性に三万円を渡した。
女性は無言で札束を奪い取り、踵を返した。
残った札束を美咲に渡そうとすると、彼女は首を横に振った。
「いいわよ。三万で十分よ」
「でも…」
「いいの。あなたも大変だったでしょ?それに、私、そんなに必要ないし」
美咲はそう言って微笑んだ。
その笑顔は、先ほどの銃撃戦の恐怖を忘れさせるほど、優しかった。
沈黙がしばらく続き
「実はね」
美咲がそう言いかけた時、工場の裏口から物音がした。
振り向くと、さっきの原っぱで見た男たちだ。
全員が拳銃を構えている。
「金を置いて行け」
リーダーらしき男が低く唸る。
「違うの!」
美咲が叫ぶ。
「私たちは関係ない!」
「うるせえ」
引き金が引かれる直前、美咲が俺の前に飛び出した。
「やめて!私が全部...」
銃声が轟く。
が、弾は放たれなかった。
警察の踏み込みだった。
原っぱでの銃撃戦を目撃した通行人の通報で、警察が張り込んでいたのだ。
「お疲れさま」
逮捕された男たちの中から一人の刑事が現れた。
美咲の上司だった。
「潜入捜査、ご苦労さん」
彼は美咲に告げる。
彼女は小さく頷いた。
工場を出た後、俺と美咲の関係は予想外の展開を迎えることになった。
「実は警察の潜入捜査官なの」
彼女の告白にあの日の不可解な出来事の断片が一つずつ繋がっていく。
原っぱでの銃撃戦、三百万円の現金、そして彼女が「三万でいい」と言った真意も。
証拠品として押収された現金。
しかし、一週間後に届いた彼女からの手紙には商品券が同封されていた。
『あの日はありがとう。
あなたの機転のおかげで長年追っていた組織を摘発できました。
これは私からのマージンです』
合法的な三万円分の商品券。
それはあの危険な一日の、最後の清算だった。
その後、俺たちは時々会うようになった。
カフェで未来を語り合ったり、あの原っぱに足を運んだり。
かつての混沌とした空間は今では静かな草地に戻っている。
「不思議よね。
時が経つとただの空き地になるんだから」
美咲がそう言って笑う。
「でもここに来ると全てを思い出す。
あの日が確かにあったって」
俺たちが手に入れたのは、結局のところ現金じゃなかった。
予期せぬ出会いと、新しい物語の始まりだった。
税金のかかる正当な三万円と引き換えに、俺たちは静かな日常という贈り物を手に入れたのだ。