昨日はまきづめが痛すぎて正直引いた…



帰宅途中に激痛がはしったから靴脱いでみたら靴下に血が滲んでる…



この時点で若干ひいた…、躍動するのはそのタイミングではないだろうと、まきづめさんよ、と



靴脱いだのはいいものも痛くて靴はけないし…















…何このクリスマスプレゼント



もうちょっと何かあっただろ…、カブトムシとか…



家ついて靴下脱いでみたら予想以上にグロい…



何だろう…、左足の親指がアバターになってたよ



…ぃゃ、確かにアバターは少し見たかったけども…、こんな形で上映されてもだな…



ポップコーンも用意してないし…



…もうちょっと何かあっただろ…、モンハ…、ぃゃ、カブトムシとか…
すごい腫れてるし…、何この3D…



飛び出すぎだよ…、これは金曜と祝日以外は基本飛び出してくるタイプのまきづめだわ…



…でも何だろう、不思議と憎めない存在だ…



何だろう…、虫歯の時のあの感情に似ている










そして我が家にまたペットが増えたのである
大分脚色してるけど我慢して御覧ください
真面目に読んだら負けですよ





正直昔から自分でペットを育てた経験がなかった自分ですが



唯一育てたことがあるものがある。



虫歯である。



昔から親には飼育が大変だからペットはダメと言われていた…



そんなことを言われ続け自分は反抗期を迎え…



親に内緒で虫歯を飼育していた



やはり初めて飼うペットは飼育が難しく、時にはご主人であるはずの自分に対して激痛を与えてくることもあった。



しかし猫や犬だって最初はご主人に噛みついたりすることもあるんだし、これが普通だと思っていた。



だから餌はいい物を与えてあげようと思い、チャーハンやカルボナーラをよく与えた。



家族の喜びは自分の喜びとよく言うが、本当にそうである。



ペットに餌を与えただけで自分も嬉しくなってくる



ちなみにチャーハンやカルボナーラは自分の好物だが、この時の嬉しさとは恐らく関係ないだろう。



しかし時が経てば経つほど攻撃的になってくる…



特に冷たい水が嫌いらしくその時の反抗は、空気の読めない人間の肩パンに匹敵するぐらいである。



中々ペットを飼うことが難しいと感じたあの夏…









自分で書いてて悲しくなってきた(ワラ



また気が向いたらペットの結末書きたいと思います
これは小3のあの夏の終わりから思っていたことだけど………



明らかに「豆腐」と「納豆」は漢字が逆だと思う

漢字の意味的には本来の「納豆」は豆腐でも納豆でも当てはまるかもしれないが

本来の「豆腐」は納豆でしか当てはまらない…



逆に納豆はいろんな物に当てはまってしまう

枝豆だって本来納豆と名付けられててもおかしくはないし
もしそうなってたとしても誰も文句は言わないだろう

そう考えると「納豆」と言うものは万能なのかもしれない



朝シャンをするおっさん
朝食を食べるおっさん
電車を乗り継ぐおっさん
一息つくおっさん
若かりしころのおっさん
輪を乱すおっさん
受賞するおっさん
ひしめくおっさん
狩られるおっさん
インドのおっさん



このおっさんという言葉でさえ納豆で代替することが可能ではないのだろうか





つまり本来豆腐というのは納豆と名付けられるべきであって現在のような豆腐の使われかたでは至極納豆と混同しやすいものとなっていて
納豆が豆腐であり豆腐が納豆であり、納豆が納豆としてのアイデンティティーがある限り納豆が豆腐となりはたまた納豆でもあるということと豆腐が納豆となり豆腐も豆腐であるということは逆もまた真であると言える



…そうです、これがかの有名なアインシュタインの「相対性理論」なのです





今日は真面目に書こうと思ったのに最後のアインシュタインの件が書きたいがために…、やってしまった…(T_T)
どんなコメントでもいいので気軽にコメントしてってくださいm(_ _)m