先日の続きになります。

 

親しい住職さんから送られたメールです。

 

「葬儀社が葬儀を斡旋される時代」


これもネット環境が発達したせいなのでしょうか。凄い時代がやって参りました。思いも付かないところに目を付ける業者が登場したのです。まさに感心する以外有りません。


 登場したのは葬儀斡旋業者。皆さんも「小さなお葬式」とか「よりそう」等がテレビで大宣伝をしているのでご存じの方も多いと思います。一日に何回も出てくるのですから凄い。スポット広告ではありますが、大変な宣伝費を掛けていることは間違いありません。 この葬儀斡旋業者、自分たちが葬儀をやるわけでは無く、葬儀社に葬儀を斡旋して、リベート(謝礼金)を取ろうというのです。つまり自分達が葬儀の元請けになろうというわけです。


 今まではどなたかが亡くなりますと、喪主は葬儀社と菩提寺に連絡し、葬儀の準備が始まります。このとき葬儀社は元請けの立場ですから、自由に葬儀の差配が出来たのです。
 喪主は葬儀社に言われるままに葬儀を執り行い、後で出てきた請求書を見てビックリしたというのは、この時代のことです。ただし葬儀社が勝手にやったわけではありません。一応は事前に喪主と相談して決めているのです。しかし喪主は慣れないものですから、どうしても葬儀社に引きずられ、費用は高くなります。
 昭和時代のように景気が良ければそれもよかったのでしょうが、平成以来の不景気の中で、家族葬や直葬が増え、葬儀社は経営が苦しくなってきております。
 ここに目を付けたのが葬儀斡旋業者です。この業者は安さを売りにテレビ、ネットに登場してきたのです。
 確かに安いことは安いです。それに釣られた喪主が、葬儀斡旋業者に連絡すれば、今度は葬儀の元請けは葬儀斡旋業者になってしまい、葬儀社は元請けから滑り落ちることになります。
 確かに安いのですが、ではその仕組みはどうなっているのでしょうか
 昔のように自宅で葬儀をやれば別ですが、葬儀をやるには葬祭場が必要です。
 今ここに葬祭場が在るとします。当然、通夜・葬儀に使われるわけですが、毎日使われているわけではありません。能く稼働しているところでも一月の三分の二位でしょうか。三分の一は空いているのです。この空いている時を利用して、安く葬祭場を借りようというのです。葬祭場が使われない事には、経営者には一銭も入りません。ただよりは、安くても使ってもらった方が良いと斎場経営者は考えます。


 葬儀社にも同様のことはいえます。葬儀社は葬儀が頻繁にあることを想定して従業員を雇用しておりますが、実際にはいつもいつも忙しいわけではありません。時には三日も四日も仕事が無いこともあり得ます。当然従業員は遊んでいるわけですが、それでも給料を払わないわけには参りません。
 昔のように葬儀社が営業上余裕があるときは良かったのですが、今のように直葬や家族葬が増えて参りますと、葬儀社は余裕が無くなってきています。結果、閑なときには安くても仕事を受けようという事になります。

 ここに目を付けたのが葬儀斡旋業者です。葬祭場が空いている時、葬儀社が閑な時を狙って安く使おうと考えたのです。
 葬儀斡旋業者は喪主からの要望に応えなければなりません。何処が空いているか閑かはその時になるまで分かりませんから、なるべく多くの葬祭場や葬儀社と提携しておかなければなりません。事実葬儀社には軒並みお誘いの電話があったようです。
 提携する業者、断る業者等様々なようですが、提携したとしても料金が安い上に何割かのリベートを取られるのですから、大変なお仕事でしょう。互助会の中にも提携しているところがあるのですからビックリです。
 本当はやりたくない仕事を、一銭にもならないよりはましだとおもってやっているのですから、何処まで身が入っているのか分からないのが本当のところでしょう。


  
 「安いよ、安いよ」とネットやテレビで謳っているだけに、安いことは安い。但しそのまま信じてはいけません。実際には葬儀斡旋業者に葬儀を斡旋された葬祭業者が、喪主の要望等を入れて、費用を弾き出します。私の感覚では普通の葬儀社より二割位安いような気が致します。「なんだ安いじゃん」と、単純に思わないでください。安かろう悪かろうの部分もあるのです。それだけにあまりお勧めはできません。
 喪主が葬儀社に納める費用が安いという事は、葬儀社はその安い中で遣り繰りし、葬儀斡旋業者にリベートまで出さなければいけないのですから大変です。ギリギリまで諸経費を切り詰めてしまうのです。これをやり過ぎると、あちらこちらに無理が生じる場合が出てきます。葬儀社と葬儀斡旋業者とが提携するときの契約に合わせて、葬儀社は葬儀を施行することになります。施行に関してある程度の自由度はあるようなのですが、大部分はがっちり決められているようです
 初めに葬儀の全体像を決めて見積もりを作ると、その通りに施行され、後から微調整がきかないようなのです。変に融通をきかせて、最終的には、普通の葬儀より安い予定が高くなってしまったでは、安さを売りにしている葬儀斡旋業者にすれば商売に差し障りがあります。
 各葬儀社は何とか値段を吊り上げようとしますから、それを防ぐためにも、最初に決めてしまうのは仕方の無いことでしょう。


  住職の体験した不都合 

【例一】

 住職になって約三十年の時が経ちます。葬祭場から火葬場まで移動するのに、去年の秋と今年の春、二回霊柩車に乗せられました。今までそんなことは無かったのです。
霊柩車は遺族が乗る物で住職が乗るものではありません。おそらく火葬場に行く人数の中に住職を入れ忘れたのでしょう。
 住職がはみ出したときにはタクシーなどを用意するものなのですが、それはなし。葬儀社はおそらくその場での調整が出来ないのでしょう。


【例二】
 ある葬儀に参りましたら、葬儀社の職員の動きがぎこちないのです。訝しく思い葬儀社の名前を尋ねましたらなかなか言わなかったのですが、しつこく尋ねたところ『○○商事』と言う答えが返って参りました。この葬儀社はこれからの多死社会を見据えた、新規参入組なのでしょう。
 葬儀社の人も三、四人おりましたが、正規職員はおそらく一人で、残りは人材派遣から連れてきた人でしょう。葬儀費用が安すぎて、正規職員を何人も配置できないのです。


【例三】
 葬儀が終わり火葬場に向かうとき葬儀社の方より「住職お帰りになりますか」とのお尋ね。「いえ行きますよ」と私。火葬場について火葬炉に棺を収めますと再度葬儀社の方から「住職お帰りになりますか」とのお尋ね。「いえお骨上げまでおりますよ」と私。どうも葬儀社の方は私を帰したくてしょうがないようです。
 火葬炉に棺を収め、荼毘が終わるまでの休息室に参りますと、原因が分かりました。休息中の軽食の数が足りないのです。道理で住職を帰したがるわけです。
 足りませんからそこにあるだけの軽食を各テーブルに広げたのでしょう。テーブルによって乗っているものがまちまちです。一番ゴージャスのところと一番貧弱なところでは、月とスッポンほどの差がありました。普通仕出し業者は人数が増えたときのことを考え、若干余裕を持って準備するのです。ところが葬儀斡旋業者が絡むと、何しろ安くするために、余裕を全てカットしてしまうらしいのです。その結果がこの体たらくになるのでしょう。
 葬儀というのは今生における故人最後の大切な儀式です。必要以上にゴージャスである必要はありませんが、みっともないことが無いように、しっかりと営んでほしいものです。
 若い方は直ぐにネットに頼ります。ネットには色々な情報が流れます。良いのもあればいかがわしいのもあります。
 若い方にはそれを判別するほどの知識がありません。
 葬儀斡旋業者の葬儀は決してインチキではありません。しかしながら費用を削りすぎて全体がスムーズに回っていかないところがあるのです。
 多少は高くなりますが、近所の昔からやっている葬儀社に依頼するのが、間違いことは覚えておいてください。