東京千夜一夜物語♥昔の恋人✦ときめきの夜 | 春夏秋冬✦浪漫百景

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季節の移ろいの中で...
歌と画像で綴る心ときめく東京千夜一夜物語

昔の恋人✦ときめきの夜

 

「昔の恋人とまた巡り合えるなんて」

と、メールを送ったら、

「昔の恋人って、なんかくすぐったい響きね」

って返信がきた。

もう別れて何年も経つのに、時間は別れた時の年齢のまま止まっている。

過ぎ去った季節の中で彼女は色んな男達と出会って、

熱く燃えるような大人の恋をして、捲るめく青春の果てに時は流れた。

もう関係ない世界でお互いに過ごしてきたのに、

メールのやり取りだけで、通り過ぎた見知らぬ男達に嫉妬している自分がいる。

 

 そしてある夜、昔の恋人から電話がきた。

15年ぶりに聞く香里の懐かしいあの声。

「ねぇ、逢える?」

少し甘えたような声は昔のままだった。

「そうだね、逢えるけど、独身なの?」

「そうよ、杉本香里のままよ、残念ながら」

言いながら香里は笑った。

「今年36歳でしょ、11月で」

「もうやぁね、その通りよ、誕生日憶えていてくれたのね」

「あぁ、覚え易いし・・・11日でしょ」

「簡単だから、でも嬉しい」

今さら逢ってもどうなる訳ではないけれど、

懐かしさが頭の中を駆け廻ってときめいてしまった。

「映二さんの話し方も声も、昔と同じね」

「でも歳とっちゃったよ、50歳のただのオジサン」

「ねぇ、逢いたい」

香里の声が濡れていた。

「・・・」

 

 ときめきの夜は静かに過ぎてゆく。

上手に歳を重ねた香里は少しふっくらしただけで、

あの頃の面影がそのまま残っている。

元々グラマラスな肢体だったから、それが豊満な30代半ばの女性になっただけで、

子供を産んでない肢体はバランス良く、今でも充分過ぎるほど魅力的だった。

「少し酔っちゃったわ」

香里の甘い匂いが映二を微妙に刺激する。

あの頃よく二人で飲んだジントニックのグラスを傾けた。

このショットバーのBGMは時代を超えたサザンの恋のメロディー、

それが連続して聴こえてくる。

「この曲、懐かしいね、覚えている?」

「憶えているわ、沖縄に旅行したあの夏、よく聴いていたわよね」

「そうだね」

ほろ酔いの香里の僅かに見え隠れしている白いうなじが悩ましい。

映二は堪らなく香里を抱きしめたい衝動に駆られた。

「でも、サザンの曲って、世代を超えているから、前の彼女の時も、その前の彼女とも想い出があるんでしょ」

香里が笑いながらそう言った。

「でも、当然のように曲はその都度違っているんだよね」

映二はジントニックからジンリッキーに飲み替えた。

「映二さん、50歳だなんて、信じられない、とても若いわね」

艶っぽい目線で香里は映二を見ている。

シックな紺系のワンピースに同系色のジャケットを着ている香里、

相変わらずSEXYなプロポーションを映二は見逃さなかった。

映二は15年経った香里の裸を見てみたいと思った。

「香里、今は一人なの?」

聞きたかったことをやっと口にできた。なにも今さら遠慮することも無いのに。

「そうよ、一人ボッチよ、半年前に実家に帰ったの」

「男と別れて、かな」

別れて15年、その間に香里を通り過ぎた男、いや男達、

見えない幻影に映二は少しだけ嫉妬を覚えている。

全く無関係に過ぎ去った日々なのに。

「聞かないで、もう終わった事だから」

そう言うと香里は遠くに目線を向けて深いため息をついた。

「映二さん、変わってないわ、仕草が少しオジサンになっちゃったけど、

なんか嬉しい、昔のままで、それに幸せそう」

「ところで俺たち何で別れたの?」

「そうよね、嫌いになった訳じゃないのに、思い出せないわ」

 

何故?ただあの頃、香里は間違いなく身も心も疲れ切っていたことだけは憶えていた。

香里の色艶が溢れている姿形と、ジンリッキーの酔いも手伝って、映二の頭はクラクラしてきた。

「香里、最初の夜のこと、憶えている?」

「えっ、最初の夜って、初めてお部屋に行った夜のこと?」

「そうだよ、初めて香里を抱いた夜」

「あぁ~ん、もう」

香里は少し恥ずかしそうにしながら映二の目を潤んだ瞳で見つめている。

ふっくらとした桜色の唇が心なしか濡れている。

「そう、あの夜の香里」

「やぁだ、憶えているわ、だって映二さんたら」

「まだ10代だったよね、香里」

早熟な香里は既に男を知っていた。

それでもピュアな香里の若い肉体にその夜からあっという間に溺れてしまった。

「あんなの初めてだったから、びっくりしちゃった、でも恥ずかしかったわ」

はにかんで、そして深く呼吸をした香里の大きな胸元が少し膨らんだような気がした。

「香里、今夜...」

「なぁに」

「いい?」

「あ~もう冗談ばっかり」

「そうじゃなくて」

あの若い頃感じた映二の強引さは姿を消していた。

「あら、もうこんな時間、少し酔っちゃったみたい」

映二の言葉を遮るように香里が言った。

男と女は想い出の感じ方が交わることなく微妙に縺れ合いながら違っている。

「ねぇ、ここ出ましょう、もっと昔の事、お話したかったけど」

香里が映二を促した。

「...あぁ、出ようか」

 

 お店を出ると二人は恋人同士のように腕を組んで寄り添って歩きだした。

街灯に照らされた二人の長い影がシルエットになってペーブメントに浮かんでいる。

映二の右腕に香里の柔らかい感触と温かさが伝わってくる。

冷たい夜風が酔った体に心地よかった。

映二は初めから心のどこかに再会した香里との甘いときめきの夜を期待していた。

「逢えてよかったわ、楽しかった」

香里の甘く切ない言葉が映二の心に響いた。

「香里...」

「なあに」

「昔の恋人と、昔みたいに」

「だめでしょ、もう昔みたいになれないわ」

「香里...」

寄り添った二人の影が離れた。

「映二さん、ありがとう、ここでいいわ」

 

 香里は車道の端まで歩いてタクシーを拾った。

映二は黙って香里を見送っている。

香里が車の中から小さく手を振った。

香里の口元が動いた。

(さよなら...)

映二をここで受け入れれば、もう引き返すことが出来ない。

不毛の愛の彷徨い人になると香里は思った。

だから、今夜が最初で最後の昔の恋人同士。

香里はそれでいいと思った。

映二はテールランプが見えなくなるまでその場に呆然と立ちつくしていた。

過ぎ去った青春の忘れ物は永遠に見つける事は出来ないと思った。

冷たい夜風に吹かれながら映二のときめきは萎えた。

 

 時の流れのままに、男と女は出逢い、そして時が巡り、やがて別れる。

昔の恋人、その甘い言葉の響きを錯覚してはいけない。

昔の恋人は再び我が胸に帰って来ることはない。

 

                                              (了)