にゃんにゃんクラブ・東方本館 -9ページ目

にゃんにゃんクラブ・東方本館

にゃんにゃんクラブ・東方本館は東方及び持病の起立性調節障害を主にさまざまなことを書き記しています^^
ぜひ読んでいってください^^

修学旅行が終わって、親に少しは自信がついたんだから行けるのでは、と言われてそうかなぁと思いました。しかし現実は二年生の三学期よりも行けなくなってました。とても不安でした。

そんなときでした。皐月の頃、学校から帰った私に母から突きつけられた病名、「起立性調節障害」これじゃないか、そう言われたあと症状等も説明されたら実に似ていた。この時パニック障害などのときよりもしっくり来た。これかもしれない・・・この先直るかもしれない・・・もう分からない状態で治療しなくていいんだ・・・

そんな安心感がありました。そして病院へ行って主治医に聞いてみるとそうだ、と言われとても安心した。
話に聞くと大人になれば治る病気でゆっくり付き合っていくしかないがそれでもよかった。何より症状が何の病気か分からない方が怖かったから・・・。

自分がODと知ってもこれと言って体調がよくなることは有りませんでした。なんせ一学期はODにとって一番調子の悪い時期、学校にもあまりいけず病院へ行って治療してもあまり効果を現わしませんでした。

そして、学校は時間割通りに出ることが叶わないので家で時間割どうりに勉強していたのですが、実技教科は勉強の仕様がないので何もしていませんでした。そのため体育等出てないのでその付けが後々出てくることになったのでした。

その付けとは体力不足です。ウォーキングなど、軽い運動でもやっておくと違うのかもしれませんが。

三年生の夏休みに入ってからとても調子がよかったです^^;遊べる日は友達と遊び、家族とどこかへ出かけたり、ODが発症したばかりの頃に比べたらかなり調子がよくなりました。(休みのときだけですが^^;)
まるで水を得た魚のようでした。そして最初の夏休みと違い夏バテしてないので本当に調子がよかったです。実に有意義な夏休みでした。

それから、この年北海道の実家に帰ったのですが、帰ったら驚き桃の木山椒の木、引っ越す前と同じくらいによくなってしまいました。実に嬉しいことでした。
きっと、帰ればよくなると信じ始めたのはその時からです。
二年生の話に戻ります。
刻一刻と進級のときは迫っていきそれと同時に三年の卒業も迫っていきました。
そして三送会(三年生を送る会)がありそれに出ることになりました。三送会がある時期はもう進級一ヶ月前、心配によるストレスが原因か三送会当日、私は見学してました。二年がやる出し物もあったんですが、それも出ず;;やっぱり見てて寂しかったです。
だけど三送会自体は楽しい会になりましたよかったです。

二年三学期を何とか終え、進級することも出来、春休みが過ぎて行きました。

調子の悪い私に最初にやってきた行事は修学旅行でした。行き先は東京で修学旅行当日の朝は調子が悪く朝食もあまり食べれず上越新幹線に乗ったときは空腹で気分が悪くてしょうがなかったです。
ある種の悪循環で新幹線の中で食べたお昼も気分が悪くほとんど食べれず後々にひびくことになりました。

東京に着いてまず行ったのは日本銀行でした。とても広くそこに収納されてるお金はとてもたくさんあると私は感じました。

次に行ったのが国会議事堂で中は広いうえにシックでキレイなところでした。
見学が終わりやっとホテルに着いたときにはもう休みたくて仕方ありませんでした。ですがそのあと東京ドームに阪神対巨人の試合を見に行きました。生の試合はとても迫力がありました。しかし試合中に夕食を食べることになったのですがやはり空腹で気分が優れずあまり食べれませんでした。試合は阪神の勝ちで終わりホテルに帰りました。

ホテルに着いて部屋はN君という親友と一緒でもう疲れて二人ともバタンキュウでした。あとはお風呂に入り寝ることになりました。
僕は寝ながら残りの日程がこなせるか心配でした・・・
二泊三日の旅でした。

修学旅行二日目、朝起きて朝食をとりにレストランに行った。レストランはバイキング制で食べやすかった。やはりその日も小食であまり食べれなかったのだが一日目よりは気分がよかった。
友達があまり食べない僕を心配してくれたときは嬉しかった。

食事を取り終わって見学に出かけた。二日目は自由行動であらかじめ電話しておいた場所に見学に行くと言うことでした。
最初に向かったのはすし屋、私たちは魚について調べていて魚に関した質問をしてきた。
次に行ったのは水産会館、同じく魚関連のことについて聞きに行った。
最後のところに行く前にお昼を取った、お昼はとても調子が悪く朝より食べれませんでした。

そして、行ったのは農林水産省の水産庁しつこいですが魚関連のことを聞いてきました。そして電車に乗って・・・ディズニーランドにいきました。
ディズニーランドについて夕食をとった。具合が悪いんじゃないかと不安だったが以外に調子が朝よりよかった。そして思う存分楽しみホテルに帰った・・・。

修学旅行三日目朝の調子はそこそこ良し、その日も朝食をとりに行く、そして朝食は二日目より多く取れた。その日は最終日で帰る日だ。
最終日行った場所は上野公園。公園内を自由に観覧、当然上野動物園も行って楽しかった。そこから先は帰るまで調子がよく楽しい修学旅行でした^^
その夜は暑く、寝苦しい夜だった。
私は寝付けず、涼みにホテルの外に出た。

空を見上げれば半分もかけた月がひっそりと光っていた。直に新月になるだろう。
「風が・・・気持ちいい・・・。」
外は風が心地よく、気持ちがよかった。

「父上・・・、私は、純血にならねばならないのですか・・・。」
私は、正直悩んでいた。今回の旅で魔王に会って、どうしても純血にならなければならないのか。
月だけが答えを教えてくれるような気がした。

「ターゲット捕捉、排除します」
悩んでいたときだった、私は襲われた。レーザーが私の髪をかすった。

「何者!」
振り返って、目の前に立っていたのは機械の少女だった。

「ターゲットの攻撃に失敗、データ修正・・・、排除します。」

「答える気はないって言うより、そうプログラムされてなさそうね!、ウェポンサマナー、舐めないでよ!召喚:刀」
「はぁぁーーー」
未熟なため、名のある武器を呼び出せないのが傷だが、私はその身体能力で少女に一閃を浴びせた!

「装甲損傷率0.01%、異常なし、攻撃を続行」
彼女には一切、攻撃が効いてない、吸血鬼の身体能力をもってして傷つけられない装甲らしい。
彼女のガトリング攻撃を避けながら、距離をとった。

「これは、魔法で行くしかなさそうね。雷を纏いし槍よ、わが敵を打ち払え、雷光の投郷槍(ライトニング・スロー・スピアー)!」
私は、それを思いっきり彼女に投げた。そのスピードは光の速さ!彼女との距離は20Mほどだ。

だが、機械(彼女)は冷静に対処した。
「高速攻撃物体捕捉、衝突まで0.000006秒。転移魔方陣、展開。・・・展開完了、衝突まで0.000001秒」

彼女はまさしく光の速さで機械でありながら魔法を行使し、転移魔方陣を展開した。
・・・あっという間だった、気がつけば私が放った槍は私の胸を貫いて・・・あ、れ?
私・・・、どうなった、の?
私は、血みどろになって、地面に倒れた。

「ターゲットの生命反応低下、マスターいかがいたしますか?」

「とどめは刺すな、まだ生かしておけ。・・・しかし無様だねぇ、本当に最強の吸血鬼?うそでしょ」
私は見知らぬ何者かに蹴り飛ばされて、軽く飛んだ。

「せっかく手に入れた情報だったのにガセネタかなぁ、ねぇ、ルナ・ディプラヴィティ・セラフ・ルミエールだっけ?」
何のことだ?わからない・・・、思考がとまっていく。

「楓!ひどい傷!お前たちがやったのか!」
ああ、ミヤ助けに来てくれたの、でもだめ、危険・・・逃げて。

「だったらどうだって言うのさ、使い間の分際で、楯突くなよ!マキナ、やっておしまい!」

「了解、ターゲットを変更、排除します」
彼女の放ったレーザー砲は見事にミヤに的中した。

「きゃーーーー!」
ミヤが吹き飛ばされて、動かない。

我がチカラを、欲するカ?
誰?
答えよ、我がチカラを欲するカ?さすれば、今この時を助けヨウ。
それが本当なら、誰でもいい、助けて!力を!
ならばミズカらを思い出セ、それがソナタのチカラだ!

そのとき私の中の何かが、弾けた。

今日はODを知らない方にも分かるようにODについて詳しく説明していきたいと思います。OD(起立性調節障害)は自律神経失調症の一つで主な症状は立ちくらみあるいはめまい、立っていると具合が悪くなり酷いときは倒れる。さらに湯あたり・嫌な事を見聞きすると気分が悪くなる。

少し動くと動悸、息切れそして朝起きが悪く午前中は調子が悪いという主な症状(これでは大症状)。小さな症状(小症状)は顔が青白い、食欲不振、強い腹痛・倦怠感や疲れやすい、頭痛、乗り物酔いという症状があります。発症しやすい時期は思春期で主に女の子に多いです。

発症の原因はたいてい強いストレスなどを受けて自律神経が乱れるためにあります。

次に子供のころに出る症状についてです。
ODはかかっていると乳児のときから症状が現れ、乳児のとき手足が冷たい。
2~3歳ごろに乗り物酔い、すぐ疲れておんぶ抱っこを求める、軽い腹痛を繰り返し、寝起きに顔色や唇が青白い。

それから、5~6歳ごろに湯あたり、少し動くと動悸、息切れを起こしやすい、朝がなかなか起きられない、朝礼などで長時間立っていると気分が悪くなって倒れる、急に立ち上がると、立ちくらみやめまいを起こす。疲れやすい、という症状を起こします。

そして、10歳ごろ胸の痛みを訴える、肩こりや体のあちこちの不調を訴える、急に運動をすると気分が悪くなり倒れる。
これらの症状がお子さんに見られたら、早めにお医者さんに行った方が良いです。
早期発見によってあまり悪化せずにすみます。

次に自律神経失調症本来の症状について説明していきたいと思います。この起立性調節障害ですが、最初に話したとおり自律神経失調症の一種です。そのため自律神経失調症の症状もたくさん出ます。

頭から頭痛、頭重感。耳は、耳鳴り、耳の閉塞感。口は口の渇き、口中の痛み、味覚異常。そして目は疲れ目、涙目、目が開かない、目の乾き。次にのどはのどの異物感、のどの圧迫感、のどのイガイガ感、のどが詰まる。それから心臓・血管系は動悸、胸部圧迫感、めまい、立ちくらみ、のぼせ、冷え、血圧の変動。他に呼吸器は息苦しい、息が詰まる、息が出来ない、酸欠感、息切れ。最後に消化器は食道のつかえ、異物感、吐き気、腹部膨満感、下腹部の張り、腹鳴、胃の不快感、下痢、便秘、ガスがたまる。とさまざまな症状があります。


ちなみに更年期障害でもこのような症状が出ます。

さて、それから手ですが手の冷え、手の痺れ、手の痛み。足は足の冷え、足の痺れ、足の痛み、足のふらつき。
次に皮膚は多汗、汗が出ない、冷や汗、皮膚の乾燥、皮膚のかゆみ。それから泌尿器は頻尿、尿が出にくい、残尿感。そして生殖器があるのですがとばして、筋肉・関節は肩こり、筋肉の痛み、関節の痛み、関節のだるさ、力が入らない。他に全身症状は倦怠感、疲れやすい、めまい、微熱、フラフラする、ほてり、食欲がない、眠れない、すぐ目が覚める、起きるのが辛い。最後に精神症状は不安になる、恐怖心に襲われる、イライラする、落ち込む、怒りっぽくなる、集中力がない、やる気が出ない、些細なことが気になる、記憶力や注意力低下する、すぐ悲しくなる。
このようなさまざまな症状が自律神経失調症や起立性調節障害で出ます。次回はまた私の体験談を再開したいと思います。
父は純血の吸血鬼で人間である母に惚れて許されぬ結婚をした。そこで生まれたのが混血の私、「月奏 楓」だ。私は混血ゆえに太陽光に関しては純血よりは強い。十字架やニンニクが吸血鬼の弱点として有名だがそれは人間の想像でこれらは何ら怖くはない。

だが現代において混血種の吸血鬼はさほど珍しくなく案外沢山いる。けれども混血種の中には純血種になろうとするのが一部いる訳だ。それも当然、純血種は穢れなき存在、ゆえに高貴な存在だから。私もその一人で、混血種を純血種に変える方法が伝説の魔王だった。

厳格な父は自ら混血種の私を生んでおきながら小さいころから純血の高貴な吸血鬼になれとうるさかった。故に何度も伝説の魔王の話は聞かされていた。

伝説の魔王、それは世界に存在するあらゆる魔術を会得し極め、魔王に魔法で挑んだものは決して勝つことはかなわない。だがその力故に決して物を殺めることはない心優しき魔王の話。
魔法以外で挑んだらどうなるかって?どの道敵わないとされている。

だけれど、父は純血に変える力を持っていることは知っていてもどのように変えるのかまでは知らなかった。
だがいつか純血になるためにと父にはいろいろ学ばせられた。
吸血鬼が持つ邪眼の使い方、あらゆる魔術、武術と、とにかく強くあるよう育てられてきたのだった。

なお、今回魔王の血族が日本の北の大地、北海道に存在するという情報しか集められず今だにどのようにして混血種を純血種に変えるのか情報は得られなかった。考古学者からの血の情報からでは当然かもしれないが。
こうして私は北の地に向かった。

7月 北海道某所 某駅 。

「ちょっと何!この暑さ。北海道ってもうちょっと涼しいところじゃなかったの!」
 
悪態をつく私にミヤは冷静に答える。

「まぁまぁ、観光に来たわけじゃないんだからまずは今日の宿を探そう。」

「それもそうね、寝泊まりするところがなければ話にならないわ。」

照りつける太陽の下、私は歩みを進めた。

歩いていると駅のそばに空港系列のホテルを見つけ私は今日の宿をそこに決めた。

「いらっしゃいませ、一名様と・・・すみませんペットはお断りしているのですが。」
ここが私の力の使いどころ、私は瞳に魔力を込めこう言った。

「一番高い部屋をお願い。もちろん無料で。それからペットじゃないから丁重に扱って」

もうそのフロント係は彼女の言いなりだった。

「かしこまりました。料金は一切頂きません。部屋はスイートルームの用意で食事は最高の物を・・・。」

部屋に案内され一息つくとミヤが言った

「楓の邪眼にはだれも逆らわないねぇ、なんていうか悪だねぇ、ククク」

「吸血鬼としてこの力を使わないでどうするの?善悪なんてないわ。そのうち食事を届けに食事がやってくるわ、フフフ」

噂をすればなんとやらで、ドアをノックする音が聞こえた。

「お食事をお持ちいたしました。」

「ありがとう、食事はミヤにやって!私にはあなたをちょうだい、フフフ」

食事は部屋の中に入れて、私はその人間の首に噛みついた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「いや~いい料理ばかりだったね。特にステーキはたまらなかった」

ミヤは満足した顔で毛並みをそろえている、時々使い魔ということを忘れてしまいそうなくらいだ。

「ええ、なかなかおいしい血だったわ。さあ、明日に備えて今日はもう寝るわよ!」

「りょうか~い」

そして、私とミヤはその日は眠りについた。
「ミヤ、そろそろ今日の獲物でも狩りに行こうか?」


光り輝く満月の下、ビルの屋上にその少女は佇んでいた。月に照らされた金色の髪が彼女の顔をなでるように風になびく。彼女の肩には一匹の猫がいた。その猫が彼女の問いに答えた。


「そうだねぇ、そろそろ行くかい?私の感じるところでは、今日はなかなかいい男たちが出歩いてるよ~」


彼女はニヤリと軽く笑い、跳んだ。ビル群を次々と飛び移り満月の夜の元、彼女は町の闇に消えていった。


翌朝・・・私は自分の部屋のソファーの上にうずくまって寝ていた。目が覚めテーブルの上にあるリモコンに手を伸ばしテレビをつける。やっているのはもう幾度となく見た内容のニュースだった。


内容はこう。


「昨夜、満月再び吸血鬼の出現!被害者は今回も男性。首に噛まれたような傷跡あり。
幸いにして今回も死には至らずやはり吸血鬼は致死量に至る吸血を行わない模様。警察は必死に容疑者を捜索中。
しかし、吸血鬼の存在には賛否両論の声、実際にいると言うものもいれば、注射針か何かで科学的に血を抜き取る人間犯人説を唱える者もいるとのことです。」


私はこのニュースが好きで嫌いだった。私の存在を知らしめるニュースだが、その一方で科学者たちは決して吸血鬼の存在を認めない。
現にこうして私はここに「いる」のに。一度は科学者に正体を明かしてやろうかとも思ったがそれでは私がいい実験動物にされてしまうので止めにした。


私がそんなことを考えているとミヤがやってきた。


「また、今回も派手にやってるね~。悪魔の証明というものがある中で否定するのもおかしいんだけどね~」

「・・・うん。」


私は小さく頷いた。悪魔の証明とは悪魔をいると証明するのは実に簡単なことで悪魔を実際に召喚してやればいい。

それに対し悪魔がいないということを証明するにはこの世界のあらゆるところをくまなく探したうえでいないと証明しなくてはならない、だけど事実上世界の捜索など困難なので見たことがない、いるはずがないという理由では証明にならないため結果的には悪魔の存在を否定するのは不可能というわけだ。
少し小難しい話を考えてしまった。

「今日、やっぱり出発するのかい?伝説の魔王を探しに?」


まだ半分眠っている頭をたたき起し起き上がるとミヤの問いに私は答えた。


「ええ、十分情報も集まったことだし、今日北海道に出発するわ。」


それは私の父が私の小さい頃話していた伝説の魔王の話。



今日はパニック障害について少し書きたいと思います。
これも二学期くらいのことでしょうか・・・病気の正体が分からず不安にかられてました。

そんなときでした。
ある日、本当は怖い家庭の○○見ていました。

するとパニック障害のことについてやっていて、その発症段階があまりにも似てるので、これじゃないかと思いました。
当然ODなので違うのですが、きっと正体の分からない不安よりも少しでも分かる病気に当てはめたかったのかもしれません。

それからは安堵感が少し生まれるようになりました。

すこし二学期の話に戻りますが二学期の最中に先生に「カウンセリングを受けないか?」と聞かれたんです。

何故かと言うと三年に入ってからすぐに修学旅行がある関係だったんです。

心の中のモヤモヤを少しでもとっておこうと言うことでした。

私の返事は受けると言うことで、一応受けました。
カウンセリングの当日、カウンセリングの先生とまず自分の苦しんできた過去を話しました。

そのときわけも分からず女子に苛められたこと、ある日学校にちゃんと来れなくなったこと、それ以来学校になかなか行けなくなったこと、たくさん話しました。

だいぶ前ではっきりは覚えてないのですが、カウンセリングの先生と話してだいぶ心が楽になったことは覚えています。
それからでしょうか、すこし体調が改善されてきたんですね・・・。

文化祭が終わったあとは、もうじき冬休みが近い時期で二年前は二回目に楽になる時期でした。
なんせ十二月にはクリスマスに大晦日、そして一月にはお正月があり楽しいこと満載でODにはいい時期です。
だから冬休み前の残りの学校は辛くても、何とか乗り切ることが出来ました。変な話、餌に釣られて水を得た魚と言ったところでしょうか。
しかし、ODを知るのはもうしばらく後でした・・・。


二学期が終わって冬休み、夏休みの次に気が楽な期間です。(今でもそうです^^;)
冬は良いですね~虫も居ないし何より夏バテしない(冬だから当然ですが^^)そういったおかげで冬休みは夏休みに比べ楽に過ごせました。
そして三学期に入ってそれが終われば中三、受験の時間は迫ってましたね。
だから、焦りが結構あったんですよね。そのため冬休みはとにかく勉強しました。
ただ、本州は北海道と違って冬休みが短いので学校が始まるのはあっという間でした・・・。


三学期に入ってからも学校に行ける時間は増えることなく、不安ばかり募っていきました。
ODを知るのはもう少しで見えない病魔に怯える毎日、とにかく病気のことを他の人に分かって欲しかったです。たくさん苦しみました・・・みんなにずる休みしてるのではないかと思われたらどうしよう・・・たくさんのことが頭によぎりました。
三学期は、二年最後で苦しい時期になっていきました。三年のあとの高校入試をどうしたらいいかと考えたりもしました。
特に目立つことはありませんでしたが、辛かったです・・・。


三学期に入って少したち少し体調が落ち着いてきました。

しかし今思うとあの時はかなり悪かったと思います。

体調が落ち着き最大三時間出れるようになり少し安心しました。

けれども休む日もそれなりに多く出席日数だけが気がかりでした。

三年に進級できるかとても心配でした。

しかし進級まで2~3ヶ月しか時間がないのは事実でした。

この先どうなるかそのときはまだ分かりませんでした・・・。

明けましておめでとうございます^^

今年もよろしくお願いします^^


さて、昨年を振り返るとあんまりブログの更新ができてなくてコメントやらペタやら返せなくてすいません^^;

今年は、もうちょっとブログ更新等々やっていきたいなぁ。

あんまり自信が無いけれどwww


このブログを見に来てくれてる人には本当に感謝です;;

今年はもっといろいろ充実させたいなぁ~。


なんか、猛烈に言ってることが被ってる気がしないでもないが~

何かもっといろいろ書きたいんだけど思いつかないのでこの辺で~w


最後に今年の干支兎とかけましてお坊さんとときます。

その心はどちらも草食(僧職)ですw


たぶん、上手くないです^^;