祖父の束ねる綱島一家が三浦三崎から船に曳かれてやって来る《鯨》の登場を心待ちにしているころ、祖父の指示に従う別働隊がおりました。
彼らは、《鯨》を展示するための場所に決めてある野毛神社の境内に、諸々準備をしていました。
横浜市内の小学校と中学校の一、二年へ連絡をしました。
野毛神社周辺の歩いて観に来れる学校へは直ぐに連絡がついたのですが、野毛神社まで徒歩では無理な生徒達をどうするかが問題として残りました。
祖父の、一人でも多く子供達に《鯨》を観せてあげたいという思いが、綱島一家の幹部から末端の若い衆達へと伝わっていったのです
。
役場や警察にもお願いして遠い所の子供達も観覧が可能になりました。
あとは《鯨》を待つばかりです。
真上にあった太陽が、少し西側に位置を変えたように感じられた頃《鯨》が野毛神社の境内にやって来ました。
翌朝から早速、子供達の見学が始まります。
目の前の《鯨》のあまりの大きさに、子供達は眼を見開き歓声をあげます。
子供達の嬉ぶ様子を、祖父は少し離れたところから見ています。
随分と苦労もしたけど、やっぱり《鯨》を連れて来たのは間違いでは無かったと
祖父は思いました。
しかし、これでめでたしとはいかなかったのです。