覚醒の時
福吉としては、若干すっきりしたとは言えない結果に終わった本牧の騒動ではあった。
あれから一ヶ月福吉の周りは何もなかったかのように、静かだった。
そして魚河岸も静まり福吉の周囲にもいつもの穏やかさが戻っていた。
そんなある日のこと、福吉のことを訪ねて来た人達がいた。
『あんたが高田福吉さんかい』
言葉使いも風体も、一見して堅気ではないことが判る
かと言って、以前に会った事はない。
考えても連中の腹の中が解るわけではない、福吉は彼等に尋ねた『初めてお会いすると思いますけど、ご用は何でしょう。
『実はアッシ等は綱島一家二代目の若い衆で、私は田代と言う者だけど、福吉さんにお礼をしなきゃならないからうちの方まで、ご足労をお願いして来いと手前どもの親分が言ってるんですご一緒願えませんか』
『お礼を?何のことでしょう、お礼される憶えなんて無いんですけど』
『兄さんには無くても、こっちには充分過ぎるほどの理由があるんですよ』
田代という男は、その理由を話してくれた。
本牧一帯は『埋地一家』の繩張【しまうち】だが、埋地の仙太親分は元々綱島一家の人間、そこから縄張をもらって一家を興した、だから本牧は綱島一家の縄張という事になる。
その本牧に隠れて賭場を開帳した不心得者がいた。
本牧の連中にすれば自分達が黙認した手前、綱島一家には報告する訳にもいかず賭場を開帳した人間達のいいようにされてしまった。人が殺されて、これは何とかしなくてはいけないとなり、高田福吉さんへ泣きついた。
髙田という若い人が博打打ち達を追い払ってくれてから初めて噂話が流れて来て
内容が判ると綱島一家は、大変な借りを作ったことになる。
それで迎えに来たという事だった。
『それにしても御礼なんて』
福吉が困っていると、話を聴いた魚河岸の代表役が背後にいて『福吉、せっかくのお誘いだ、遠慮なんかしてると逆に失礼になるぞ』
そう言った後、代表は綱島一家の人達に向かって挨拶をする。
『わざわざ、こんな若造に御礼などとありがとうございます。
この福吉は元々は瓦職人の奉公をしておりましたんですが、眼を患いまして高い処で仕事が出来なくなって
屋根屋の親方から預かったというわけなんですが、仕事は真面目で物覚えも良い
、ところがどういう訳か喧嘩早くて困っているもんでまぁ、これをご縁に・・』
田代の背後にいた若い衆が耳打ちする。
この男は福吉の事を知っているようだった。
若い衆は、出張交番が魚河岸に出来た経緯から、福吉の武勇伝を田代に伝えた。
田代は代表役に向かって
『お話は分かりました。とりあえず福吉さんをお借りして、その辺の話も親分に伝えますから』
福吉は綱島一家の人達に連れられ、親分に会うために魚河岸を後にした。
このことが自分の人生を大きく変えることに成ることを、まったく気づいていない福吉だった。
了。