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高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。



    弍〜❼

           覚醒の時

 福吉が本牧の人達に約束した明後日はすぐにその日を迎えた。
夕方近く、福吉は本牧にいた。
しかも、たった独りでだ。
本牧の町は、人通りも少なくて歩く道は砕けた貝殻の混じった海砂を固めたような、およそ横浜市内とは比べられない長閑でもあり寂しげでもある処だった。
福吉は、その道を一昨日の四人が待つ漁業組合の事務所へ向かっている。
何艘かの漁船が海から引き揚げられている波止場の処に古びた二階建ての本牧漁業組合は有った。
一階は物置と車庫に成っていて外階段を上がった二階が漁協の事務所だった。
福吉が二階に着くと彼を訪ねて来た四人は、そこで福吉のことを待っていた。
『遅くなりました、早速なんですがそいつらの賭場はどの辺りなんで』
『そこの道を左へ行くと平屋の物置みたいな建物があります、すぐ分かります』
福吉は、軽く会釈をすると入ってきたガラス戸を出て行った。

漁協で言われた通り賭場は直ぐに見つかったが、人気がない、中へ向かって声をかけても返事は無い。
今日も賭場は開かれると聞いているので福吉は待つことにした。

あたりが、すっかり暗くなってきた頃、暗闇の中から数人の男達が現れた。
狭い道に街灯も少ないが、貝殻混じりの海砂を固めたような路地はそれ自体がボンヤリと明るく見えていた
『誰だい、遊びに来たのかい、もう少し遅くならないと始まらねぇよ』
男達の一人がそう福吉に向かって声を掛ける。
別の一人が『こちらさん、あんまり見ない顔だね、初めてかい』
福吉は黙って頷く、そして帯に差し込んでいた魚河岸で使っている手カギを引き抜き懐中に忍ばせていた長い柳葉包丁を右手に掴む
左手には手カギ。
さすがに男達も相手が博打の客では無いと気がつき、空気が一変する。
『テメェ、賭場荒らしか』
『何処のヤクザだ』
口々に喚きながら辺りを見渡し、他に誰もいないと判ると、途端に態度が変わる
『いい度胸じゃねぇか、けど一人じゃしかたねぇな可哀想によう』
男達は下卑た薄笑いを浮かべて福吉を取り囲んだ。
『この野郎!』
片袖を脱いだ髭面の男が福吉に突っかかった。
肌けた左肩に牡丹の花が咲いている。

その男が、福吉の肩口に匕首を振り下ろそうとするその一瞬、福吉が左手に握った手カギが横一閃、男の胴を真横に引き裂いた。
夕暮れの迫っている本牧の海岸近く、不思議に人通りもない、切り裂かれた男の腹から血飛沫が吹き出し、力無くくずれ落ちる。
福吉を取り囲んだ男達はその様子を呆然として見ている。
福吉が握り締めている手カギの先から血が滴り落ちていた。

やっと我に帰った男達が喚きながら福吉に襲いかかるが手カギと柳葉包丁の餌食なってしまう。

他の仲間は蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。
漁協の事務所から福吉を追って来ていた人達が震えながら一部始終を見ていた。福吉が彼等に向かって声を掛ける。
『すみません、三人多分もう駄目だと思いますが病院の手配をお願いします、私はこれから警察に出頭します』
その福吉の覚悟に事態を見守っていた漁協事務所の人が言う。
『こんな愚連隊のような奴等を入れたのは私達の責任です、おまけに博打に夢中になってしまったのも私達だ、福吉さんには何の責任もない、意気地無しの我々の無理な相談に乗ってくれて命懸けで悪い奴らを退治してくれた、最後の後始末まで、あなたにやらせたんじゃ俺達は、末代迄笑い者になってしまいます、どうか後の事はこちらにお任せください』
『でも三人とも、かなりの深傷です、このままでは死んじまうかも知れません、これは私のやった事ですから』
気がつくと騒ぎを聞きつけて皆んなが集まって来ていた。
その人達からも、福吉を讃える言葉が相次いでいた。
『元を糺せば、私達の不始末です、ここに居る人間も誰一人、貴方に責任があるなんて思っちゃいません、それより皆んな貴方に助けてもらって感謝してるんです』
周囲の人達から、感謝と労いの言葉が飛び交う、福吉は少し照れたような笑みを浮かべた。
俺の喧嘩をこんなに有り難がった人など今までにいただろうか。
福吉は、漁協の人達の言葉に甘えてその場を去ることにした。
 
しばらく経った頃、いつものように漁に出かけた何艘かの漁船の一艘が大きな荷物を沖で棄てたという噂があったが、それが福吉が倒したイカサマ博打の男達だったかはわからない。
当然のことだが、本牧の賭場は福吉が本牧に行った日以来、開かれることはなかった。
 

         了。