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高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。




海に面したある県のある市とでも言っておこう。


この出来事を伝えるのにはそれが一番好いと思うからだ、何故かと言えばそれはまだそこに居て、それが惹き起こした出来事の総てが解決したという証明が何一つ出来ないからだ。


近隣の三町村が合併して今年で十年、去年新築なった六階建ての市庁舎の最上階にある市長室、丘陵地帯の一角に建てられた事もあって六階からの景観は実際の高さよりもかなり高い処から見渡している様に感じる。


二月になったばかり、外はかなり寒い筈なのだが、空調の効いている市長室の中は暖かく、海側の壁全面が窓になっている為に厚いガラスで外気温は遮断されているが、陽の光だけは、いっぱいに差し込んで来る、そのせいで昼下がりになると、心地よい睡魔に襲われる。


しかし今ここに顔を揃えた三人にはそんなのどかな雰囲気は微塵も感じられなかった。


『そろそろ時間かな』


市長の黒木一彰は、執務机の革製の椅子に身体を沈めたまま、振り返る様にして背中いっぱいに拡がる海を眺めながら、誰に問いかけるでもなく呟いてゆっくりと立ち上がった。


それを合図にでもするかの様にドアが開いて秘書課長の木邑昂が入って来た。


広い市長室の中を横切り窓際に立つと、禿げ上がった額を窓ガラスに押し付ける様にしながら視線を下の方に向ける。

その視線の先、市庁舎の敷地内に黒塗りの一見して高級外車と判る乗用車が入って来る。


『来ましたね』


木邑はそう言い市長に視線を送る、ソファに腰掛けていた二人の男も立ち上がりドアに向かう。


市長の後に続いた二人が、助役の中村正博と建設課長の吉水勝男だ。


市長室を出ると広い廊下の先にはエレベーターホールがある、その前に警察署長の鈴木が立っていた。


いつになく背広姿で、既に到着しているエレベーターの開いたドアに手を掛けて

彼等を待っていた。


市長達が乗り込むのを待って最後に鈴木が乗る。

ドアが閉まり微かな振動音を伝えながら降り始めるが中は不自然なほどの沈黙。


大人五人が乗っても窮屈なことも無い筈のエレベーターの中は息の詰まる様な閉塞感が漂っている。

途中の階から乗ってくる者も無く、五人を乗せたエレベーターは一階に着きドアが開く。


快晴の空、一階ロビーに差し込んで来る陽光のあまりのまぶしさに目の眩んだ五人が眼を細めた数メートル先を男は此方に向かって来るが輝きの中で男の表情は判らない。


『しばらくでした』


輝きの中から声がした、構えのない人懐っこい声だった。

       以下次回



市長 黒木一彰


秘書課長 木邑 昂

              (きむら のぼる)

助役   中村 正博


建設課長 吉水 勝男

                     (よしみず かつお)

警察署長 鈴木 優

       (すずき まさる)