高田龍の《夢の途中》 -131ページ目

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。


     『岬に待つ恐怖』
       原本❷
〜二十日前〜

午前一〇時丁度、真新しい市庁舎の中、一階の第一応接室に助役の中村が秘書課長の木邑を伴って、柏木と名乗る弁護士の訪問を受けていた。

『それでは、先生が顧問をなさっていらっしゃる雨宮コーポレーションですか、ここの社長様がこの街の出身で、この度市制一〇周年の記念に御寄付を頂けると、その上で記念になる様な建築物の寄進も考えていただいていると、こういう事でございますね』
『そういうことです』
縁無し眼鏡の若い弁護士が答える。
『それで、その代わりの条件というのは・・・』

中村が警戒心を露骨に現した感じで切り出す。
この手の上手い話には必ずと言っていいほど落とし穴が在るものだ、金額的な事はまだ告げられてはいないが、わざわざ東京から顧問弁護士を寄越すくらいなのだ、五万や一〇万の話ではない筈、それに記念になる建築物も建ててくれるという。
今どきこんな話に交換条件が無い方がおかしい。
べつに交換条件があっても構わないが問題はその内容だ。
それによっては、この有難い申し出を丁重に断るしかない。
中村助役の胸の内を見透かしたかの様に弁護士は話しを続ける。

『もうひとつ話しが有りまして、もちろんそちら様に損になる話しでは有りません、これはよくある交換条件の類いではなく、むしろこの市にとっては喜ばしい話かと思いますが』

《やっぱり来たか》
中村は胸の中でつぶやく。
『もうひとつというのは・・・』
中村はまったく判らないといった表情で尋ねる。
縁無し眼鏡のブリッジ部分に指を当て押し上げるようにしながら『はい、その事ですが、雨宮が申しますのには、建設する建物に関してはその規模から何から、すべて市の方にお任せする施工業者も地元の方で決めていただいて問題はない、という事です』
《えっ、それじゃあ先方にはなんの得もないじゃないか》
この段階で助役の中村にはまったく理解が出来ない話だった。
中村の考えでは、建設工事は雨宮の関連する業者に施工させて利潤を生もうとするだろうと思っていた。
しかし弁護士の話からすれば中村の予測は、的外れということになる。
それでは何が狙いだというのだろう。
ただ単に郷土に恩返しがしたい・・・
《ふざけるなよ、そんな一世紀も前の道徳の教科書みたいな考えの人間が今どき居るわけが無い、きっとこれは自分の様な田舎者には思いもよらない巧妙な手口がある筈だ》
中村はそれ以上考えることを止めた。
この申し出を有り難く受け入れるかどうかについて自分が決定権を持っている訳ではないのだから、雨宮という、この街出身の事業家の申し出を詳しく市長に伝え、指示を待てばいいだけのことだ。
後は市長が決める事、場合によっては議会にはかるのだろう。
そう思うと気が楽になった、自分は何をあれこれ考えていたのかと思うと幾分自嘲めいた笑みが口元に浮かんだ。

『たったひとつだけ、これだけですこちらの要望というのは』

柏木弁護士は応接のテーブルに置かれたコーヒーカップをてにし、冷めてしまった珈琲を口にした後、『東海岸の岬の丘陵を建設地にしていただきたいんです』

中村の全身から汗が噴き出す。
       以下❸へ